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気になる?




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 キーボードを叩く手を止め、レポート用紙にまとめた項目に目を通す。脇に積んだ本の一冊を開き、付箋の貼られた箇所を開く。二三の確認をし、再び文字を打つ。それを何度か繰り返し、レポートを完成させていく。

 最後の一文を打ち込み、上書き保存。おかしなところがないか確認し、USBを抜く。それからパソコンの電源を切り、ソファに体重を預けた。一息つき、コーヒーを飲もうとカップに手をのばす。そして先程飲み終えたのだと思い出した。

 仕方なしに、カップを手に立ち上がると、ドアが開き悟が入ってきた。

「終わったのか?」
「ああ」

 入れ代わりに腰かけるのを横目に、キッチンへと向かう。コーヒーを入れ、小腹が空いたので何か軽く作ろうかと冷蔵庫を開く。けれど、何となくそんな気にはなれなかった。

 どうせ帰れば椿の飯がある。それを思うと自分で作る気にはなれず、コーヒーだけを手に戻る。資料として使っていた本を悟が開いていた。その隣に腰を下ろす。はらりと、時折ページの捲れる音だけが響く静寂。

 ゆったりとカップを傾けながら、昨日の椿の様子を思い起こす。

 めずらしいと、感じた。外出を予告するのを。度々出かけているのは知っている。ただ、その事に関して言ってきたことは一度もない。何故、わざわざ告げてきたのか。どういった心境の変化なのか。

 カップの中の液体を眺めながら、ぼんやりとそんなことを思う。

 たいした意味などないのだろう。それでも、少しでも意味があればいいのにと。センパイと別れたことを告げた自分のように。

「シキ」
「………………あ?」
「椿も来るのか?クリスマス」

 不意にかけられた悟の問いに、一瞬頭が回らない。突然の問いかけ。それも椿に関して。悟の口から椿の名が出ることがめずらしく、聞き違いかと眉をひそめた。

「シキ?どうした?」
「………いや。用あるつってたな」
「………用?」

 ぽつりと呟き顔をしかめる。一体何なんだと訝しく思うが、すぐにサキの集まりに参加すると言っていたことを思い出した。それを、気にしているのだろう。知っているのかは知らないが。

「家に顔出すんだと」
「………そうか」

 嘘は言っていない。ただ知っている事実全てではないだけ。

 庇うわけではなく、たんに悟の状態が煩わしい。気になるなら直接サキに聞くなり何なりすりゃいいというのに。

 めんどくせぇとばかりにため息を吐く。

 と、同時にインターホンの音が響いた。次いでガチャリとドアの開く音。何事かと視線を向けると、少ししてサキが姿を表した。

「悟ー邪魔するよ…って、シキ来てたんだ?」
「わりぃかよ」
「ははっ、まっさか」

 一瞬、意味ありげな目線を見せたサキが愉快そうに笑う。笑いながら、脱いだジャケット(どう見ても男物)を脇に抱え近づいてきた。

「………お前、クリスマス用あるんだってな」
「ん?うん。何?ヤエにでも聞いた?」
「ああ。悟、放置すんなよ」

 下手にいじけさせるとうぜぇ。

「えー?だってどうせ遅くなったら帰れとか言い出すし。なら気の合う仲間同士で朝まで騒いでたいじゃん」
「………………朝まで?」

 聞き返したのは悟。けれど同じようにその言葉に眉をしかめる。確かに、遅くまでと言っていた。だが、朝までだなんて聞いていない。

「ん?大丈夫。姉貴には言ってあるし」
「……そ、うか」

 釈然としていない悟の様子に、サキは首をかしげる。少し考える素振りを見せ、それからああと呟いた。

「もしかして椿の事?」
「っ」
「大丈夫。‘あたし’んとこに‘椿’は来ないよ」

 肩を揺らした悟に、笑みを深めたサキが告げる。

 悟が分かりやすすぎるのか、サキの察しがよすぎるのか。悟の憂慮は筒抜けだったようだ。

 それにしてもと、余裕の笑みを浮かべてるサキを眺める。‘椿’は来ないという言い回しに、‘椿’としては参加しないのだとわかってしまった。

 友也としてなのかイチとしてなのかはわからないが。

 ………………いや。きっとイチとしてなのだろう。確かサキはそう呼んでいたのだから。

 以前に、椿と友也で別人のように感じたことがある。ならばイチはどうなのだろうか。オレの知っているあいつと、サキの知っているあいつははたして同じなのだろうか。

「ん?何?」
「………いや」
「そ?まぁいいや。安心した?悟」

 目があったサキに首をかしげられたが、何でもないと流す。気にしても仕方のないことだ。そもそも、気にするようなことでもない。

 描きたいのは、‘椿’なのだから。

「………一体何の事だか」
「くくっ、悟は気にならないんだ?あたしがクリスマスに誰と過ごすか」
「それは……」
「素直に言えば、時間作ってあげようと思ったのに?」
「っ!?」

 ジャケットをソファの端に置き、サキが悟に近寄る。言葉を詰まらせる悟。サキの眼差しは、鼠をいたぶる猫に似ていた。力関係がありありとわかる。

 情けねぇと呆れつつ、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。空になったカップを手にキッチンへ向かうと、軽く洗ってしまった。

 そうして戻れば、サキが片膝をソファの上につき、悟に覆い被さるような体勢をとっていた。両手を背もたれに伸ばし、悟を囲い込んでいる。

 そんな二人を横目に、荷物を纏め始めた。

「し…シキっ」
「あ?」
「サキちゃんを退かしてくれっ」
「………………何でだよ」

 退かさなければならない理由が見当たらず、眉を寄せる。サキが愉快だとばかりに喉を鳴らした。

「シキ、もう帰るの?」
「ああ」

 悟が一冊、手に持ったままだがまぁいいか。今度また取りに来れば。

「サキ」
「んー?」
「ほどほどにしとけよ」
「ははっ、気が向いたらね」

 悟なら、何をされても平気か。相手がサキならばなおのこと。どこがいいのかはさっぱり理解できないが、付き合ってるのだから迫られて困ることはないはずだ。

 なのに一体なぜ助けを求めるのか。

 付き合っているのなら、触れることに何の障りがあるというのか。

 触れる、事ができるというのに。

 指先が、どうしてか熱を帯びた気がした。





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あきゅろす。
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