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子守り




 寒さを感じて目が覚めた。

 ぼんやりと瞼を開くと、そこはソファの上で。どうやら、膝を抱えて眠ってしまっていたようだ。

 上手く回らない頭のまま、視線をずらす。ローテーブルを挟んだ向かいには、見慣れたイス。座る人はいない、閉じられたスケッチブックがローテーブルの上に置かれていて。何処に行ってしまったのだろうと、そんなことを思った。

 一つ、欠伸を噛み殺し、再び寒さを感じる。何か被るものをと周辺を見回すが、以前にはあった毛布の類いが見当たらない。

 そう言えば、最近はもうここで寝ていないのだ。

 暖かいベッドの感触を思い浮かべ、コメカミの辺りを背もたれに押し付ける。立ち上がる気力はなくて、夢の世界に沈みそうだ。

 このまま寝たら風邪をひく。そうとわかっているのに抗えない。瞼が落ちる前に視界の隅に入った布。それにくるまり、再び眠りについた。





 行くぞと言われて、連れていかれた先は古い木造家屋だった。表札には五月女と書かれている。出産祝いを買っていたから、会いに行くのだろうとは思っていた。けれど、オレも一緒にとは思っていなかった。

 シキがブザーを鳴らして少しすると、ガラガラと引き戸が開く。

「……本当に来たのかよ」

 呆れ混じりなトメの言葉に、シキは笑みを浮かべただけで返事の代わりにした。冗談半分に行くと言っていたのだろうか。

「ほら」
「………悪いな」

 言葉少なく祝い品を渡す。そうして中に招かれた。

「椿も来たんだな」
「お邪魔します」

 靴を脱ぎ、ミシリと音のなる廊下に上がる。ガラス戸を引き畳張りの居間に通されると、ちゃぶ台の横で赤ん坊を抱いていたのは何故かヤエだった。

「あ、シキと椿だ。いらっしゃ〜い」
「………何やってんだよ」

 トメから座布団を受け取ったシキが、眉をしかめながら腰を下ろす。オレも、座布団を受け取りシキの隣に座った。

「東子さん友達と食事なんだって。トメだけじゃ心配だからって声かけられたの」
「お前がいて役に立つのかよ」
「遠矢くん、オレが抱っこしてると泣かないんだよ。ねー?」
「う」

 ヤエの腕の中にいる遠矢くんは、必死にぱたぱたと手を動かし、きょろきょろと辺りを見回している。

 確かにとても良くなついているみたいだ。

 忙しなく動く目を眺めていると、姿を消していたトメが湯飲みを二つ持って戻ってきた。腰を下ろし、ちゃぶ台の横のポットから急須にお湯を注ぐ。

「必要ないつったんだがな」
「でも子育て初めてでしょ?一人より二人の方が心強いよ」
「誰がキリ育てたと思ってんだよ」
「そんな年離れてないじゃん。あ、キリってトメの弟ね。桐野。オレと同い年」

 ヤエの入れてくれた注釈に、あれ?と首をかしげる。

「ヤエとシキって同い年?」
「ん?そうだよ。言ってなかったっけ?」
「うん」

 年上なんだろうとは思っていたけど、そうか。シキと同い年なんだ。

「オレとシキ同い年だよー。ハタチー。新成人ー」
「へぇ、じゃあ二人とも来月成人式なんだ」
「だな」
「うん?」

 シキに訊ねたら肯定された。けれど何故かヤエからは疑問の声が上がる。

「年、知らなかったの?」
「ん?うん」
「そういや言った覚えねぇな」

 確か志渡さんが大学四年だってのは聞いたけど、シキの方は聞いてなかったはず。

 聞いてなかったよねと記憶を辿ってみると、志渡さんと二つ違いと言っていたような気もする。まぁ、どちらかが留年浪人してたりしたら、そこから年齢を割り出すことはできないけど。

「シキは?椿の年」
「十六だっけか?」
「あれ?言ったっけ?」
「あれが来た時、言ってたろ」

 あれ?首をかしげるが、顔をしかめたシキの返答はない。あれ。来た人。シキのしかめっ面。……志渡さんが来た時の話かな?

「言ってたっけ?」
「ああ」

 そうだっけと首をかしげながら、トメからお茶の注がれた湯飲みを受けとる。

「ありがとう」
「椿居着いてもう何ヵ月だよ。まさかまだ名前も知らないとか言わないよな」

 わずかに頬をひきつらせたトメの言葉。シキのフルネームは聞いた…というか見たけれど。シキはオレのフルネームを知っているだろうか。

 光太達が呼んでるのを聞いてはいるけど、名字を知る機会はなかった気がする。

 じっと、シキを見つめる。シキも見つめ返してきた。

「必要?」
「いや」

 じゃあいいや。

 湯飲みに口をつけようとして、ふとトメが何とも言えない顔が目に入った。どうしたのだろうかと首をかしげる。何でもねぇと言うように、手を振られる。

「あ、トメ。ふんばりだした。オムツ」
「あ?あー…ほら」
「えーオレがやるのに」
「いいからよこせ」

 立ち上がったトメが遠矢くんを受け取り、別室へと移動する。その姿をお茶を飲みながら見送った。

「あーあ。連れてかれちゃった」
「よく面倒見に来てんのか?」
「うん。子供って良いよね。無垢で真っ白で」

 シキの問いかけに、ヤエが心底幸せそうに笑う。

「そう思わない?」
「幸せに、なってほしいなと思うね」
「ねー」

 嬉しそうなヤエに笑みで返す。それから湯飲みへと視線を落とした。湯飲みを包む両手。少し減ったお茶。

「シキは子供嫌い?」
「いや………月都の面倒見てたしな」
「月都?……ああ。こないだの。そうなんだ。ミルクあげたりオムツ代えたり?」
「ああ」
「へぇ。何か意外。椿は知ってた?」
「え?……あ、ううん」

 少しだけぼぅっとしてたら、ヤエに声をかけられて我に返った。会話自体は何となく聞こえていたから、訊くことはなくすんだ。

「だからあんなになついてたんだね」
「なら遠矢くんもあんな風にオレになついてくれるかな?」
「つーか、んなにガキ好きなら、自分のガキ育てろよ」

 湯飲みに口をつけ告げたシキの言葉に、ヤエはえーっと大袈裟に驚いて見せる。

「オレ、男だから子供生めないよ」
「誰が自分で生めつった」

 呆れ果てたようにシキが言う。思わずクスリと笑ってしまった。





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あきゅろす。
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