初日報告
「おつかれー、どうだった?久しぶりの日本」
「平和だ。校内は特に危険なものもないし突入・避難共に経路は確認した、授業内容も情報どおり」
「ちょっとちょっと、そういうことじゃなくてさぁ」
「そうだ、大佐殿に頂いたハンカチは有効利用できたと報告しないと」
「っだーもう、そうじゃなくて!報告はいらないの、感想聞きたいの!楽しかったかい?」
「…よくわからない」
そう言ったなまえの表情は満更でもなさそうだった。
先日、艦から“ラコタ”でなまえと二人、この地へやって来た。チームが一緒で歳も近く、兄貴的な存在である俺がなまえのサポートに付くのは至極当然のことのようだが、理由はそれだけではないだろう。
(ちゃんと馴染めんのかねーこいつは)
なまえが学校に行っている時間、俺は車で周辺を視察。まぁ任務って言ってもなまえの付き添いみたいなもんだから気はラクだけど、気ィ抜きすぎて何かあったら俺の首飛んじゃうからね。実際、脅威は見当たらない。今日一日で地理も把握したし、通信機材や武器の搬入も、(いろんな意味で)一番の難関だと思われていた陽の転入手続きも終えた。
俺にとって少し思い入れのあるこの地を戦場にはしたくない。だけど、どうしようもない事態になれば俺は躊躇無く引き金だって引くんだ。
「慶次、周辺は?」
「問題なし!ゆっくりまったり学校生活を楽しめばいいさ」
「…そうか、それはそれで落ち着かないな」
何か言いたそうにして言い淀む。なまえにしては珍しいなぁ。そう思って苦笑すれば不思議そうな顔をされた。
「どうした?気になること、あったかい?」
「前田、まつ先生とは…“まつ姉ちゃん”、か?」
「はは、やっぱ覚えてたか」
なまえと出会って同じSRTに所属になって、チームを組むようになってからすぐ。話をしたのはその頃だっただろうか。俺はミスリルに入る前、両親ではなく親戚の家で過ごしていた。そこで世話になったのがまつ姉ちゃん。どこか子どもらしくなかった俺を敬遠せず、かわいがってくれた唯一の人。そのまつ姉ちゃんが、なまえの高校で教師をしている。
「あたしの転入したクラスの担任の先生だ」
うわぁ。教師名簿に目を通した時点で知ってはいたけど、まさかそんなに接点があるとは、ね。今となっては名乗り出ることもできない。もしも偶然出会ってしまっても、彼女は俺に気付かないと思う。今はその方が都合がいい。
「元気そうだった?」
「あぁ、とても…笑顔の暖かい人だな」
「…だろ?」
懐かしくなって、窓の外を見る振りをしながら昔の記憶を呼び覚ます。変わってないんだな。
いつもは鈍いなまえが俺の懐古の情を察したのか、話を切り上げて基地へ繋ぐ無線へと向かっていた。さっき言ってたハンカチがどうのこうのって報告もするのかねぇ。あいつは喜びそうだけど。
報告する声を聞き流しながら、もう一度まつ姉ちゃんを思い出す。やっぱり記憶の中の彼女は優しく笑ってて…と思ったらすげぇ形相で怒ってる顔がふとよぎった。思えば俺を怒ってくれる人も、まつ姉ちゃんだけだったんだな、と笑ってしまった。
「おもしろいことでもあったか?」
真面目な顔したなまえに聞かれたのでとりあえず頭を一撫でしてなんでもないよと誤魔化した。
・ラコタ…UH-72Aの愛称、TDD所有の軽量多目的ヘリコプターのこと
・SRT…なまえの所属するミスリル作戦部西太平洋陸戦ユニット内にある特別対応班の略称、Special Response Teamの頭文字
09/08/28
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