[携帯モード] [URL送信]
ペントハウスランチ2






頭の痛い質問は軽く流すことにした。本当の事を言っても信じはしないだろうが、偽って潜入している以上、洩らす事は極力避けるべきだろうと思い直したからだ。


作物を育てていたとか近所の子どもを集めて読み書きを教えていたとか、よくもまぁこれほど口からでまかせが言えるものだと自分に驚きつつ、適当に。誤魔化せたと思う。


昼休みはそんな調子で過ぎてしまい、連れ立って教室へ向かう。校内は騒がしくお昼の喧騒が残っているが、戦場慣れしたあたしの耳には平和な会話しか届かない。






「あ、真田くーん!」
「佐助先パイ、こんにちは!」


「なまえ、先行こうぜ」
「え?あぁ、いいのか?」
「面倒に巻き込まれたくなかったら置いていくのが正解だな」


軽く笑って言う元親は我関せずという顔をして歩いていく。佐助も幸村も止めないのでいいのだろう、とあたしは元親に続いた。


「あれはなんだ?」
「なんだって…女子だろ」
「それくらいわかる、そうじゃなくて…うわ」


3、4人の女子生徒が佐助と幸村に話し掛けていたかと思うと、振り返った次の瞬間にはそれが数倍の人数に増えていたのだから驚きのあまり声も出ない。すでに囲まれた二人は頭しか確認できなくなっている。


元親の様子からして、これは日常茶飯事なのだろう。


「あいつらファンクラブ付いてっからなぁ」
「ファンクラブ?あの二人は彼女たちにとってアイドルやミュージシャンのような存在、ということか?」
「言い方はちィと変だが…まぁそんなもんだな。ここ何日かは静かだったが今日は見つかっちまったか」


ざまぁねぇな、と元親が口にした瞬間。突如として廊下の先に現れた男子生徒ばかりの謎の軍団。口々に「アニキ!アニキィ!」と…暑苦しいことこの上ない。次はなんだ、と尋ねようと隣を見上げれば若干引きつった元親の顔が見えた。


「悪ィ…先、教室戻っててくれ…」
「?わかった、だが…顔色が悪い、大丈夫か?」
「大丈夫、ありがとな!んじゃ!」


動物的な速さで来た道を戻っていった元親を見送って、一人静かに教室へ向かう。あんな引きつった笑顔を校内で見ることになろうとは…。だがあの場面ですぐに「ありがとう」が出てくる元親に感心、人柄の良さが窺える。










がらりと教室に入ったあたしは一直線に窓際の席に着くと、屋上でも見上げていた空を見て落ち着く。そういえば、幸村は隣のクラスだと言っていたから今日はもう会わないのではないだろうか?先ほどの騒動に紛れて別れて来てしまったがよかったのか?


ひとつ浮かんだ懸念事項は、同じように騒動に巻き込まれていた佐助が戻ってきた事によって優先度を下げた。


「よかった、ちゃんと戻れたみたいだねってあれ、元親は?」
「何やら謎の男子生徒の集団を見かけた途端、顔色を変えて走っていってしまった」
「はは、そっか、参ったねぇ。教室までは迷わなかった?」
「問題ない、校内地図は頭に入っているから」
「わーマジで?そりゃすごい。旦那なんて未だに迷うってのに」
「それは死活問題だぞ。いざという時に避難経路は押さえておかないと、」
「ぶふーっ!」
「…汚いぞ、吹き出すな」
「ごめ、でもなまえちゃん。ここは平和な日本だから!銃社会でもないし、戦争も放棄した国だし」


確かに必要ないかもしれない、それでも。もはや癖のようなもので。“戦場ほどの警戒心は表に出すな”と副長にも言われた。言いつけ通り、鞄の中にはグロック17を一丁しか入れてきていない。この国には銃砲刀剣類所持等取締法、いわゆる銃刀法というやっかいな法律があるらしく、この一丁でも見つかれば逮捕されるのだそうだ。こんなもの、あたしたちにとっては日用品みたいなものなのに。




「もし何かあってもさ、俺様が守ってあげるよ」
「いや、必要ない」
「即答ぉぉぉ!?」


佐助の出した大きな声とほぼ同時に開いた扉、元親がよろよろとした足取りでやって来た。


「お、おかえりー。今日はお互いに“厄日”だったみたいだねぇ元親、上手く逃げられた?」
「…うるせ、」
「どこをどう逃げ回ったんだ?腕、怪我してる」
「あぁ?中庭突っ切ったときに枝にでも引っ掛かったか。かすり傷だ、気にすんな」
「ダメだ。菌をなめてはいけない。昔、南アフリカで1センチほどの小さな傷からビブリオ・バルニフィカスという菌が入り、繁殖し、生きながらにして体の組織を30パーセント腐らせ、死に至らしめたというケースもあったほどだ。放っておくとどうなるかわからない」
「うぇ…なまえちゃんエグい…」


実際このケースがあった地域は海側で、感染原因の多くは魚介類だからこの場合は感染の心配がほぼ皆無だというのは…言わなくてもいいか。要は傷口を清潔にさせるための脅しだ。


「わ、わかったよ。ちょっと洗ってくりゃあいいんだろ?」
「あたしも行こう」











ジャー、


「これでいいだろ」
「消毒液があればいいのだが…まぁこれで大事はないだろう」


ポケットからピンクのハンカチを取り出して帯状に畳み、傷に合わせて巻いた。大佐殿の餞別も役に立ったと報告できる。


「オイ、これ俺が巻いてんのは変だろどー見ても」
「問題ない。あたしが持っていてもさほど変わらない」
「大アリだバカ、ピンクだぞ!俺となまえとじゃ天と地ほど違う!」
「そうか?」


何がそんなに違うんだ。うんうんと首を傾げていると呆れたようにため息をつく元親。それでもわからないものはわからないので諦める。


(保健室に行きゃ消毒液も絆創膏でもあんだがな…陽はそれも知らねぇのか。まぁこいつからの借り物、悪い気はしねぇ)


「…洗って返すわ」
「いつでもかまわない」


返事をすると元親は固まった。さっきからよくわからん反応だ。


(めちゃくちゃピンク似合う顔もすんじゃねーか…!くそっ、不意打ちだ)












・グロック17…装弾数17+1発、9mm口径の自動式拳銃。プラスチックを多用しており、軽くて扱いやすいためなまえが好んで使う
・ビブリオ・バルニフィカス…実在する感染症。「人食いバクテリア」と呼ばれる細菌の一つで、夏季に海産物を生食することにより感染することがある。症状は軽くフィクションです(Wiki参照)



09/08/25



backnext

5/7ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!