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モーニングインパクト






昨日この街に入ってから、不思議と心は穏やかだ。拠点となるセーフハウスは近所を見て回った限りではとても住みやすく、独特の空気も嫌いじゃない。落ち着くまでの数日は近くにはECS搭載車で仲間も待機してくれている。なにも問題はない。




入ったばかりのセーフハウスに朝食の材料があるわけもなく、今朝はコンビニででも済まそうと早めに出かけた。これから通うことになる高校までの道のりにコンビニが3店舗あることは調査済み。公園の場所も同じくだ。適当に買った朝食を適当に選んだ公園のベンチに座って食べる。平和だ…平和すぎて気が抜けそうになる。どうして大佐殿はこの任務にあたしを選んだのだろう、いや、理解できる理由は頂いた。それはあまり納得の行くものではなかったけれど。







「失礼します」


朝食の後、あたしは待機中の仲間に連絡を入れてから学校へと向かった。仲間からは激励の言葉半分、からかいの言葉半分をもらって。ついでの極めつけはピンクのハンカチ…大佐殿からの贈り物だという。まったくあの人は…。無碍にはできないので一応有り難く制服のポケットへ忍ばせておいた。
そして着いた先で職員室の扉を開け今に至る。


「まぁ、みょうじなまえさんね!」
「はい、よろしくお願いします」


担任の先生は、それはもう笑顔の似合う綺麗な人で、前田先生というらしい。クラスへ向かうまでの間、担当教科が家庭科だとかクラスの雰囲気だとか、あとは旦那さんもこの学校に勤めていて紛らわしいから名前で呼んでくれだとか。そういう説明を丁寧にしてくれた。




がらりと教室の扉を開けると、ざわざわとした空気が落ち着きをみせる。まっすぐ黒板の前に立った前田先生、否、まつ先生はよく通る声で挨拶をすると、転入生を紹介しますという前置きをしてあたしに場を任せた。


「みょうじなまえです、よろしくお願いします」


定石どおりの挨拶で切り上げ、まつ先生を見る。目が合うとにっこり笑って「みょうじさんは外国暮らしが長くてわからないこともあると思います。みんなでサポートしてあげてね」


はーいという返事の後、質問ある人は挙手!という先生の声に少し驚きながら見渡すとたくさんの手が上がっている。

…そ、そんなに気になることがあるのだろうか?今のあたしは何の変哲もない高校生のはず。






そこから始まった質問攻めに耐えるために、まず頭の中で偽造パスポートやら学校に提出したこれまでの偽装経歴を整理。下手なことは漏らせない、慎重に答えなくては。



「日本に来る前はどこの国にいたの?」
「父の仕事の関係でパキスタンとアフガニスタンの国境にある、ペシャワルという街に住んでいました。戦争地帯まで50kmくらいのところです」

「せ、戦争地帯…って何の仕事?」
「コンバット・フォトグラファー…つまり、戦場カメラマンです。軍隊と行動を共にし戦場を記録する仕事とされています」



…設定どおりに答えたつもりだったがクラスメイトたちは一様に唖然としている。無理のある設定だっただろうか?それでもあたしの中の常識は戦場の中にあるようなものなので、この平和な国での常識との差異を肯定的にするためには仕方がないのだ。大佐殿が練った作戦ではあるが。


「(うわぁ…)あ、じゃあ好きな食べ物は?」
「新鮮なものが好きです。あとは…嗜好品ではありますがコーヒーには目がありません」

「スリーサイズは!?な、なんちゃって…」
「ここ最近では正確に計ったことはありません。少し前のデータからの推測でよければ、」
「山下さん!それは答えなくていい質問です!」
「そうですか?わかりました」



慌てた様子のまつ先生に制止され、質問攻めは終わりを告げた。心の中だけでふぅとため息を吐き「Yes,Sir!」と答えなかった自分を褒めてやりたいと思った。この場合、まつ先生に対して「Yes,Sir!」は間違いであるが。











・ECS搭載車…「ECS=電磁迷彩システム」というステルス機能を搭載した改造車、つまり敵の索敵レーダー等に反応しなくなり、見つからないようにした車。主に作戦実行部隊の輸送、都市部での隠密作戦行動に使われる
・ペシャワル…実在する都市名ではありますが、「戦争地帯まで50km」はフィクションです
・Yes,Sir…「イエス・サー」軍における男性上司に対する「わかりました」や「そうです」意、女性上司の場合「Yes,Ma'am」と書いて「イエス・マム」と読みます




09/08/14



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