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フィジカルストレングス2








50m走の次は1000m持久走(男子は1500mだったらしい)。あたしはどちらでもそう長いとは思わないが、美保ちゃんは長距離走は苦手だと言って苦渋の表情。



「なまえちゃんはどれも得意そうでいいなぁ」
「あたしの住んでたところでは死活問題だから、逃げ足が速いだけ」
「そっかー、外国は怖いもんね…」



でもいいなぁー、さっきまで佐助や元親を見ていた表情であたしを見て美保ちゃんは言う。





ミスリルのSRTに所属しているあたしは、体が資本と言っても過言ではない。ミスリルでは実戦経験者しか採用しないし、あたしも東南アジアのゲリラに参加していたところをスカウトされている。数々の戦闘を生き残るには屈強な体に保ち、同時に俊敏さも身に付ける必要があるのだ。


逆に言えば、これしかない。ただ人より少しだけ体が丈夫で、少しだけ武器や兵器の知識があって、戦場というものに慣れている。それだけだ。他になにもない。考えれば考えるほど虚しいので思考は意図的にストップする。



男子の時と同じようにピストルが用意され、スタートラインに並ぶ30人弱の中に紛れる。ふと視界の端にはクラスの男子と隣のクラスの男子が体を休めている様子が目に入った。直後に、合図。





基地での訓練では10qを越える山道を、背中に10sのバックパックを背負って走っている。平坦なグラウンドでの1000m持久走ならすぐに終わる。一周走ったところでタイムを計っていた体育教師は興奮したように「いいわ!やっぱり惜しい逸材っ!」とか言っている。


一定のリズムで揺れる視界、呼吸するのにも苦は無い。この体操服も軽量だし、酸素濃度も十分すぎるほどだ。この環境でならフルマラソンですら余裕だろう。生死に関わらないこの状況で本気を出すのもどうかと思ったので軽く流すように走って、ゴール。




見渡しても走り終えた生徒は居ないようだった。ふむ…一般の女子高校生はこのレベルなのか。覚えておこう。緩やかに弾む呼吸をふぅと収める。




それからたっぷり3分が経過して、ほぼ全員が走り終えた。倒れこむように膝をついた美保ちゃんは呼吸が苦しいのか、いつもの笑顔が見られない。


「大丈夫?」
「だめ、もう、走れない…」
「まだ走る競技があるのか?」
「走るのは、ないよ、でも、」
「…先に呼吸を落ち着けよう」
「うん、あー!疲れたぁ」


走り終えた女子たちが木陰で休憩をしようと移動する。そこにさっきまでいた男子の姿はない。次の種目があるのだろうか。















「…元親、アレ」
「なまえか?すげぇな、後ろが全然付いてきてねえとはなぁ」
「後ろのグループ、みんな運動部だぜ?っつーか陸上部のコもいる」
「足の回転が違うな。マラソン選手のラストスパートみてぇだ」
「あんなにキレーな足してんのにね?」
「ムダな筋肉が一切付いてねぇ」
「白いし長いし!あれ、ふともも…」
「佐助、お前変なとこばっか見てんなよ」
「(傷が…銃創?)いやいや目ぇ行っちゃうでしょあれは」















体育館に移動してからも次々と測定を済ませ、その度になまえは注目を浴びる。本人は至って真面目に、しかし本気を出さないように種目をこなしていたつもりだったが、その大半がずば抜けた成績を叩き出していたからだ。


基準値を超える体力、筋力、反応速度、柔軟性。これは彼女が戦場を駆ける戦士だと知るはずのない学校関係者には、俄かに信じがたい結果。各部活動の顧問たちは挙ってなまえを勧誘したが、どれも最初に断ったのと同じ理由で断られていた。


そして昼休み。














「なまえ、お前の体はどうなってんだ?」


もはや日常となった一緒の昼食。屋上について早々元親にそう言われて自分の体を点検したが、どこも違和感はないし不調な箇所も見当たらない。


「どう、と言われても…とくに問題はない」
「そーじゃなくてさ。どんな使い方してたらあんな結果が出るわけ?」


佐助の言う“あんな結果”。あたしの体力測定の結果、高校女子の基準値を大幅に超えているどころか、高校男子の基準で見ても判定が高いらしい。つまりはこの目の前の二人、元親や佐助とそう変わらない判定が下ったという。


(しまった…もっと抑えて挑むべきだった。疑わしい案件は作らないよう心がけていたのに)



「銃社会で育ったおかげ、かな、ほら、銃声聞こえたら逃げたり、」
「逃げ足が育ったって言いたいの?それにしては全体の数値が高すぎる気がするけど」
「う…そ、そうだろうか?」
「俺もそう思うぜ。弾避けるのに握力なんか必要ねぇしな」


説明がつかねぇ。




こうやって問いただされるのは、ある意味敵軍に捕まった時の拷問よりも苦しいと最近気付いた。嘘を吐いているわけではない。それでも本当の事を言っていないのは事実で、心苦しい。


心苦しい?なぜ。これは任務で、あたしは素性を知られてはいけない。真実を話せないのは仕方の無いことなのに。少なくとも許可が下りるまでは隠し通さなくてはならない。

この人たちに隠し事があることが、心苦しい、のか。


無意識に俯いていたあたしの耳にバァン!と扉が弾け飛ぶのではないかと思うほどの音が届いた。そこに現れたのは幸村で、「遅くなった!佐助、飯だ!」とあたしの向かいに座る。


「な、は、破廉恥であるぞ!なまえ殿ぉ!」
「あたしか?」
「あちゃー」
「うるせぇぞ幸村」
「す、すまぬ。だがなまえ殿、これを…」


幸村は首に掛けていたタオルを広げて、体操服で露出したあたしの膝上に掛けてくれる。


「言ったでしょーが、旦那の目には毒だって」
「…そういう意味だったか。幸村、ありがとう」
「いや俺は!その、目のやり場に困るだけで、」
「隠しちまうのはもったいねぇけどなぁ」
「俺様も目の保養にちょうどよかったんだけど」


幸村の出現でさっきまでの空気は流れて、二人もいつも通りに話してくれたが…これは無理をしてくれているんだろうか。あたしに気を遣って。


「二人の言うとおり、あたしは少しおかしいのかもしれない」
「なまえ殿?なにを」
「幸村も聞いて欲しい。今はまだ、その、詳しく話せないんだ」


視線は合う。反応はない。


「だから、話せるようになったら話すから、その時は…聞いてくれると助かる」


こちらから外してしまった視線。屋上のコンクリートを睨みつけていると、佐助が吹き出し、つられて元親も笑い出す。幸村だけが話について行けないといった顔をしていた。


「うん、ちゃんと聞くよ。話してくれること全部」


笑ってはいたが佐助の目は真剣で、言ってよかったと思った。あたしの言いたいこと、佐助は言う前に理解している節がよくある。元親は豪快に笑って全てを許してくれそうな懐の深さを持っているし、幸村は疑うことすらせずに真っ直ぐ見てくれようとする。


「それにはまず俺らのことももっと知ってもらわねぇとな!」
「事情はよくわからぬが、俺もなまえ殿のことを知りたいと思う」
「…ありがとう。あたしは、いい友人を持った」











なまえの1000m持久走タイム、2′40″
元親の50m走タイム、5″83
佐助の50m走タイム、5″82
というまたまた裏設定。ただの高校生にしておくにはもったいない逸材たちなのでした。



09/09/01



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