[携帯モード] [URL送信]
覚えていますか(猿飛佐助)








青い空が広がって、白いこの建物がよく映える。雲は季節柄、真っ白で大きい。蝉はたくさん鳴いているし日差しは強くてジリジリと肌を刺す。不思議とそんなに暑さは感じなくて、でも心だけはあの頃を思い出したかのようにほっこりと暖かい。


わたしと佐助さんが再会したのはそんな夏の日だった。


「お久しぶりです、佐助さん」
「なまえちゃん、」









数年前、わたしは佐助さんに恋をした。これまで生きてきた人生で初めてと言ってもいい、本気の恋だった。本当に好きで、好きで好きでどうしようもなかった。寝ても醒めても、なんて漫画の中だけの話だと思っていたわたしには、まさに青天の霹靂とでも言うような気持ちが、すとんと落ちてきたのだ。あっけなく、心の一番深いところで育てていくような、そんな想いが。









今日は友人の結婚式。地元を離れていたわたしの元に一通の招待状が届いたのは3ヶ月ほど前のことだっただろうか。高校時代に知り合って、すごく気の合う友人。卒業してからも何かと連絡を取り合い、大学に行きながら勤めたバイト先も、入学から卒業までのほぼ丸4年間一緒だった。


佐助さんと出会ったのも、そのバイト先。こうして友人と佐助さんとわたしは共通の知り合いになった。そして今日、佐助さんもわたしもこの場に招かれたんだ。友人の一人として。










当時、佐助さんには彼女がいた。バイト先での出会いが恋愛になる確率が高いと言われている現代。例に漏れず、佐助さんと彼女の共通点もバイトだった。


職場恋愛が公に認められていたその職場では他にも数組のカップルが誕生していて、その内の一組は結婚にまで至ったそうだ。わたしが入社したときにはすでに退社してしまっていたけど。


そんな職場だったから、佐助さんと彼女の関係も周知のこと。やれどこどこへ旅行に行った、だの、やれ今晩のおかず買いに行かなきゃ、だのという話を耳にするのだ。既に数年間の付き合いだけあって、同棲でもしているんだろう。詳しく聞けるような仲ではないし、大して気にもならなかったけど。


初めて佐助さんに会ったときの印象は、“ただの先輩”。それが一緒に仕事をするようになって、“仕事のできる先輩”から“話の合う先輩”になり、仲良くなったわたしたち。年上のお兄さんだったけど仲良くなればなるほど子どもみたいな面を見せる、不思議な人。“憧れの先輩”になった時点で、わたしの中の警鐘はがんがんとうるさく鳴り響くようになった。




だめだ。これ以上はだめだ。想いにぎゅうと蓋をする。まだ大丈夫、“好き”になってないもん。





ある日、変な話を聞いた。佐助さんの彼女がバイトを辞めて、ナントカっていう資格を取る勉強をするために、東京へ行く。という、人づてに聞いた噂のようなもの。ということは、遠距離恋愛っていうやつかぁ。でもきっと上手くやるんだろうな、あの二人なら。長年付き合っているだけあってお互いのことはよく知っているんだろうし、離れるから別れる、なんていう理由付けはしない人たちだと、その頃のわたしにはわかっていたから。


わたしの予想通り、遠距離になっても関係は続いているようだった。佐助さんの話を聞く限りでは、順調。今度、連休をもらって会いに行くんだとか。


幸せそうでなにより。二人の関係は、本当に理想だった。だからこそ壊せるわけなんかなくて、わたしはわたしの想いを押さえ込んでいるんだけど。人の幸せを壊してまで得たいものじゃない。









それから1年くらい経って、職場のある先輩に、所謂告白をされた。想いを押さえ込むことに成功していたわたしは、“この人を好きになろう”と思った。そう思えるくらい、わたしにはもったいないくらい出来た人だった。


佐助さんのことを完全に忘れるために付き合うのか、と最初の頃は罪悪感みたいなものがあった。わたしは自分かわいさに好きでもない人と付き合うのかと。でもこの先輩を好きになってしまえば、好きだから付き合っているんだと正当化できる。それでいいじゃないか、汚い感情だと思うけど、誰にも知られることはないんだから。自分を納得させる。


先輩はいつだって優しくて、わたしを一番に想ってくれていた。大事に大事にしてくれた。




…ついにわたしはその想いに応えられない事が辛くなった。白状してしまえばわたしは先輩に嫌われてしまうだろう。こんなにもわたしを好きでいてくれる人を、わたしは好きになれなかった。忘れたつもりでいても、結局は佐助さん以上に先輩を想えなかった。




やっぱりわたしなんかにはもったいないくらいの出来た人だった先輩は、別れてからも職場で会う度に良くしてくれた。こんなわたしに、どうしてだろう。先輩は、自分でも信じられないくらい好きなんだからしょうがないよな、と笑う。それを聞いてわたしは泣いた。わたしも佐助さんのことが、自分でも信じられないくらい好きなんだと気付かされた。どうしてこの先輩を好きにならなかったんだろう。謝っても許してもらえるとは思わないから、先輩にはお礼を言って。もう会えないと告げた。これもわが身かわいさってやつだろう。わたしはとことん最低な奴だ。










それからわたしは大学の卒業間近にバイトを辞めて、卒業後は地元を離れた。思い出の土地にいることがわたしには辛かったから、無意識に違う土地での生活を欲していたのかもしれない。


時間が経って、新しい生活に慣れるのに必死で、佐助さんのことも先輩のこともあまり思い出さずに済んだ。就職先で順調に仕事を覚えて、どんどんその生活にのめり込んで行けた。


そして友人からの招待状は、このタイミングで届いた。










「他のみんな、まだ来てないみたいだよ」
「そうですか、早く会いたいです」
「なまえちゃん、俺になんにも言わないで遠くに行っちゃうんだもんなー」
「あれ?言ってなかったですか?」
「うわ、ひでぇ!!」


よかった、普通に話せる。地元を離れて数年だから、それ以上の年月、佐助さんとは会っていない。職場のみんなには見送りまでしてもらったけど、佐助さんには連絡せずに引っ越したから。年に数回、メールでは繋がっていたけど。こうして話すまで、不安だった。


「…元気だった?」
「…いひゃいれふ」


すんごい笑顔で近づいてきた佐助さん、いきなりわたしのほっぺたを両側からぐいと摘んで引っ張る。質問してきたくせに、これじゃ答えられないじゃんか。しかも痛い。ほんと、いくつになったんだよこの人!全然変わってない!


「はは、変わってないなーなまえちゃんは」
「佐助さんこそ!…これから式に参列するんですよわかってますか?ほっぺた真っ赤になっちゃう、」
「大丈夫」


睨みつけるわたしを無視して、今度は右手だけでわたしの左頬に優しく触れて。すごく優しい顔をする。そんな顔、反則だ。


「ドレス、似合ってる。綺麗だよ」
「…そ、そういうのは新婦に言ってあげてください!」
「あはは、そりゃそうだ」


そう言って笑った佐助さんは、昔より日に焼けているようだった。聞けばバイトを辞めてから営業職に就いたらしく、仕事でこの暑さの中を歩き回っているせいだと言う。もーホントにこの時期はツラくてさー、と笑う佐助さんの笑顔も変わっていなくてどきりとする。わたしの心臓はまだ佐助さんの一挙一動に左右されまくるんだ、まったく、困ったもんだ。


ふと。今も、彼女とは続いているんだろうかと気になった。その変わらない笑顔で、彼女に笑いかけているんだろうか。…聞いてもいいんだろうか。


「佐助さん、」
「んー?」
「佐助さんはまだ結婚しないんですか?」
「……」
「あ、もしかしてもうしてる、とか?」


わたしはただ式に呼ばれていなくて知らないだけ、とか。だったらどうしよう、答えにくいだろうな。でもわたしだって佐助さんに何も言わずに地元を離れたんだから、おあいこかな。


「残念ながらまだ!そういやよく考えたら俺様、先越されちゃってんじゃん…はぁ」


大げさにうな垂れてみせる佐助さん。悔しそうな佐助さんには悪いけど、どこかほっとした。わたしはまだ、佐助さんへの想いを完全に消し去れてはいない。


「それどころか相手もいないっつーね、寂しいもんだよ」
「え…彼女、いないんですか?」
「いないいない、もう何年前の話だよ」









聞けば、わたしが先輩と付き合い始めてすぐの頃、彼女の元を訪ねた何度目かのある日。二人は関係を終わらせていたという。電話やメールじゃなくて直接会って別れてきた、ってとこが佐助さんらしいなぁと思った。


わたしはその頃から佐助さんと遊ぶことはおろか、話すことも少なくなっていたから。別れたという事実を知らなかったんだ。噂でも聞かなかった。知っていれば、何か変わったかな?


「あいつには悪いことしたなぁ」
「…そ、ですか?」
「うん。そ、です。泣かせちゃったしさ、挙句俺も泣くハメになったっていうね。どうしようもないバカヤロウだったんだよ俺は」


苦しそうに笑う佐助さん、見たことない顔だと思った。辛そうにしてるのに、初めて見る表情が嬉しいなんて。わたしこそどんだけバカヤロウなんだ。


「だから、そのバカヤロウを卒業したいと思って。今日は覚悟決めてきました」
「え?えぇ?なんの覚悟ですか、意味がわからないですよ」
「だろうねー。まぁいいから聞いてよ」


急に敬語になる佐助さん。びしっとスーツを着こなして両手を先までピンと伸ばす。正面にわたしを見据えて、少し緊張しているのか、ふぅとひとつだけため息を吐く佐助さんの頬は薄っすらと赤い。え、これはもしかして…わたしのどうしようもないバカヤロウな心は変に期待してしまうんです。いやいやそれはないでしょ、そんな都合のいい展開はないですよ。ごめんなさい、一瞬でも期待してごめんなさい神様仏様、先に謝っておきます。








「俺はなまえちゃんが好きだよ」









09/08/22


…消化不良?笑



backnext

9/20ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!