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アウトオブ眼中(真田幸村)





このところ暑い日が続いて、仕事は忙しくて。無駄に体力を消耗しているような気がする…。
朝起きて仕事に行く。上からの小言に耐え、下への指導も忘れない。帰ってお風呂で汗を流すと、晩御飯もそこそこにベッドに沈み込む。そんな繰り返しの毎日。
週に一度の休みは半分を寝て過ごし、あとの半分は溜まってしまった家事をこなす。友人からの誘いを泣く泣く断ることも少なくない。あーん、遊びに行きたいー!


「はぁ」


うっわ、今のため息はびっくりするくらい大きかった!自分で吐いたのに軽くショック。
部屋に帰りついたばかりのあたしは、バッグをその辺に置き去りにしてソファに倒れこんだ。


「あー…つかれた」


それもこれもあの上司…!あんたがいなきゃこっちはもうちょいラクできんのに!と言ってやりたい。もちろん直接そんなことを言える立場でもなければ度胸もないのだ。これは俗に言う愚痴だ。あたしも愚痴なんて溢す歳になっちゃったかぁ。うぅ、すごくやだ、やだなぁ。


「汗べたべた…お風呂入ろ」


っとと、その前に冷蔵庫の中身をチェック。お風呂上りに飲む一杯を用意しなきゃね、たぶん冷えてなかったから。中を見ると案の定お気に入りの缶チューハイはなかった。桃とマンゴー、どっちの気分かな?うーむ、悩む。

両方冷やせばいっか!

そういうことにして、冷蔵室ではなく冷凍室に入れた。冷凍室で30分なら十分冷えるはず。なまえちゃんあったまいいー☆(疲れとか暑さとかが臨界点突破で頭湧いてる、なぁ…自覚はあるんだ自覚は)
お楽しみの一杯を用意して満足したあたしは、お風呂場までの道のりに服を脱ぎ落としながら歩いた。几帳面な人が見たらすごく怒り出しそうな有様だ。おあいにく様、あたしは現在一人暮らしだから怒られる心配はないんだけど。





ちょっとでも疲れを取ろうと、温めのお湯を張って半身浴…あ。っと思ったけど冷凍庫でキンキンなチューハイが飲めなくなっちゃう!よかったぁお湯ためる前に思い出して。グッジョブだ。
おとなしくシャワーで済ませて、お風呂場を出る。バスタオルを体に巻いて、冷蔵庫へ直行した。

冷凍庫では2本の缶チューハイがあたしを待っていた。うん、よく冷えてるー!両方の缶を部屋の真ん中にあるテーブルに置く。さて!結局どっちを飲もうかなぁと思っていたら。



ピンポーン



部屋のインターホンが静かに鳴った。


…今からぐいっと行くとこだったのに。誰だよもう、インターホンの受話器を少しだけ乱暴に取った。


「はい?」
『たのもぉぉぉう!!』


耳にくっつけた受話器が仇になりました。


ヤロウ。

「その鍛え抜かれた腹筋から繰り出される声はもはやただの声じゃないんだよって何回言ったらわかるの!?君の声は人を殺せるねってほらこないだ言ったばっかりじゃん?もしかして冗談だと思ってた?いい加減に自覚しなさい!そしてできれば今すぐそこから立ち去ってくれご近所さんになんて言われるか…ここ普通のアパートだからねわかってますか、ゆーしー!?」


はぁ、はぁ、はぁ、耳が痛いビリビリする…。これ一息で言い切ったあたしを誰か褒めて欲しいです。できれば年上のお兄さん希望。


『あ、あいしー!すまぬでござる…』


なんとも情けない声で謝罪が聞こえたのでしょーがないからドアを開けてやるとそこに居たのはすっかりしょげてしまった幸村くん。

彼は高校のときの後輩で大学も一緒だったからか、卒業した今でも連絡は取り合っている。最近は遊びに行くことも減ったけど、お互いの部屋をみんなの集合場所にしてみたり、わいわい呑んだり。みんな長い付き合いで先輩も後輩も関係なく仲良しだから、いつの間にか口調も砕けたけれど、彼のこの古めかしいござる口調だけは治る気配ないなぁ…。そして幸村くんと電話なんかした日には最後にあたしが怒鳴りつけて終わるのがパターン化しているのだけど。


「今日はどしたの?」
「む…はっ!」
「一人でウチ来るなんてめずらしーね」
「は、はれっんむぐぅ!」
「はーいお静かにってあたしさっきもそんな感じのこと言わなかったかなぁ?」


予想通りの展開、あたしの行動は決まっていた。ドアの向こうの相手が幸村くんだとわかった時点であたしの格好はバスタオル一枚を巻いただけ、でもまぁ反応はわかってるしあたしの醜態なら見慣れたもんだろうしいっか!と思ってそのままドアを開けた。ってことは、あたしの状態を把握した幸村くんの口から出てくる言葉はただ一つ。


「破廉恥でござるー!は聞き飽きたの!早く入ってー」


未だに口を押さえているせいか、むぐむぐと苦しそうな幸村くんを引っ張ってとりあえずドアを閉めた。静かにね!と釘をさしてから手を離すと大きく息を吸い込んだみたい。ごめんごめん、苦しかったかな。


「またなまえ先輩は…」
「なによー」
「そんな格好でドアを開けるなど言語道断、近年不審者なども多い故もっと、」
「あーもうはいはいわかってますよ、ってゆーか幸村くんのタイミングが悪いんだよ。しかもちゃんとインターホンで確認してから出たじゃない」


それより本題、と促すとまだ納得いかない顔をしてる。ぶーたれ顔っていうの?変わんないなぁこういうかわいーとこ。と思ったけど口には出さない。反応はわかりきってるしね!「お、男の俺にかわいいなどと!」とかでしょ?年下からの軽いお説教を聞き流しながら二人で奥の部屋に座った。


「呼ばれた気がしたのでござる」
「え、だれに?」
「なまえ先輩に」
「えーっと、呼んでないけど?」
「そんなはずは…っ!なまえ先輩、気付いていないのでござるか?」


何を言い出すのさ幸村くん。あたしホントに呼んで、ないよねぇ?え、無意識に呼んでた?あまりの疲れに意識飛ばしてた?うーん、混乱する。




「その…なまえ先輩に泣かれては困る」



そっと頬に添えられた手があつい。お風呂上りで体が火照ってるっていうのに、幸村くんの手は子どもみたいな体温を持っていて。おかげで顔もどんどんあつくなってきた!



「あたし、泣いてる?」
「俺にはそう見えるでござるよ」



幸村くんとは知り合って何年も経つけどこんなに切ない顔は見たことないな。どうして君は人の為にそんな顔ができるの?聞いてもわかんないんだろうな、きっと、彼こそ無意識だ。


そんなことを思いながら、あたしは相当疲れて精神的にも肉体的にも参っていたんだなぁと、やっと気付いた。我ながら鈍感すぎる。自分のことなのに。



「俺が傍にいるから、その、なまえ先輩は、あ、安心して、」



さっきまでの大人な表情はどこへやら。急にいつも通りわたわたし始めた幸村くんにちょっとだけ安堵して、さっき冷やしておいたチューハイを片方、幸村くんの前に置く。



「じゃあ今日は呑もう!冷えてるチューハイこれだけだけど、氷はあるからロックで焼酎でいい?あ、梅酒もあるよ」
「し、しかし今日はバイクで参った故、帰りが」
「泊まって行けばいいよ」
「…むぅぅ」



お酒に目がない幸村くんはなんでもいける口だし、ウチの実家の自家製梅酒なんて大好物だからきっと付き合ってくれる。確信を持って誘えば唸りながらもちょっと目がきらきらしてきた。わかりやすいなぁ。



「おつかれななまえ先輩に添い寝でもして癒してよね!」
「なんと!はれんんむぅー!」
「はいはい、しぃー、ね!」
「わ、わかり申した。だがその前に…いい加減に服を着てくだされ!」
「あー忘れてたわ」





09/07/17

(俺を異性だと認識していないのはわかっていたが…うぅむ、今夜は堪えきれぬやも…)


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