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桜のとき(長曾我部元親)

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縁は異なもの、味なもの。



とはよく言ったものです。


元親さんが突然ウチへやって来て早幾年。いや、幾年は言いすぎだけど。いつの間にか季節は巡り、なんやかんやを経て春になった。新年度が始まって数日たった今日。近所の桜並木は今まさに満開の時期を迎えている。


フリーターなんてものをやっているあたしには、新年度なんてあんまり関係ないし実感も湧かない。けど世間的には心機一転、新しい環境や新しい気持ちでいろんな物事に向かう人が大勢いるんだろうなぁ。新入生に新社会人、真新しい制服やスーツを身に纏った人たちの表情は意外とわかりやすくて、駅ですれ違う中に何人も見つけることができた。不安と期待が入り混じった、という表現がほんとにぴったりなんだよね。








「ただいまー」


春の少し強い独特の風と空気の中、そんなことを考えてる間にウチに到着したあたし。部屋ではすっかりこちらでの暮らしに適応している元親さんがソファにどっかりと座ってテレビを見ていた。


「おお、おかえり。お疲れさん」


あたし自身も一人暮らしだった頃にはなかった習慣に慣れ初めて、自然と「ただいま」が口から出てくるようになった。バイトから帰るといつもそうしてくれるように、ソファから立ち上がった元親さんはキッチンに立ってご飯の用意を始める。今ではキッチンをあたし以上に使いこなす元親さんがもっぱら料理担当だ。すでに出来上がっている料理を温めなおして、小さなテーブルに並べていく。




「元親さん、天気予報見ました?」
「おぅよ!今週は晴れの日が続くそうだぜ。海も穏やかだろうなぁ」
「海かぁ、海はちょっと遠いんですよね」
「いや、なまえ、別に行きたいなんて我侭言うつもりは」
「わかってますよ。でも最近出掛けてないし、明日お花見行きませんか?」


海じゃなくて、川なんですけど。

そう付け足して元親さんに提案すると、目を輝かせて喜んでくれた。あたしがバイトとかで忙しくて元親さんを外に連れ出してあげられない日が続いたから、ずっと家に篭っていた身としては嬉しいんだろうな。










「なまえ!起きろ!」
「んー、うー」


いつも通り、なかなか起きないあたし。今日はそんなあたしを起こす元親さんの声がいつもより大きい上に体を揺する力も強い気がするのは…気のせいじゃないみたい。まぶたを擦って必死に目を開けたあたしがまず見たものは、散歩を待つ大型犬…いや、遠足が楽しみでしょうがない子供…いや、そんな風にも見える、目を輝かせた元親さんだった。


朝食の準備と一緒に、出先で食べるお弁当まで用意してくれてる元親さんをペット呼ばわりなんてしちゃいけないよね。ましてや遠足に行く子供どころの話でもない、お弁当を自分で用意して出掛ける子供なんてそうそういないし。どちらかというと元親さんはお母さんタイプかも、なんて最近はすごく思う。



元親さんは相当早く出掛けたいのか、いつもならゆっくりよく噛んで食べろっていうのに、今日は掻き込むように朝食を済ませていた。あたしもなるべく急いで食べて、食器を片付けようとキッチンへ向かう。



「なまえ、洗い物はいいから用意して来ていいぜ」


たしかにあたしの方が準備に時間はかかるだろうけど…まぁいいか。ここはお言葉に甘えて出掛ける準備に取り掛かることにした。お弁当の他にも必要なもの、用意しなきゃだしね。









「よし、行きましょうか」
「おぅ!」



そう言って二人で意気込んでウチを出た。途中、お店に寄ってお酒を買って、そこからまた歩くこと数分。近所でも有名な桜の名所になっている川沿いの公園に到着した。



「わぁー、きれい!」
「満開だな」


平日の午前中ということもあって、公園のベンチは空いているようだった。大きな桜の木の下にこれまた大きなブルーシートを広げている団体もいるみたいだけど、人の多さもそれほど感じられない。


急な思いつきでやってきたあたしたちはレジャーシートなんてものは持ってきていなかったので、適当なベンチに腰を下ろした。目を瞑ると傍を流れる川の水音が耳に届き、微かな花の匂いも感じる。


「ふあー…」
「力の抜ける声だななまえ」
「だってなんか、もう圧巻で」
「たしかに立派なモンだぜ。桜ってのはいつの時代も変わらず、綺麗に咲くもんだ」


二人でベンチの背もたれに寄りかかり上を見上げれば、吹いてきた風に揺られた桜の花びらがふわりと舞う。はらはらと舞い落ちるそれを見て、ふと隣に座る元親さんを見れば、目を細めて景色を楽しむ横顔があった。


「花はいい。人を幸せな気持ちにしてくれる」
「…ほんと、不思議だけどそう思います」
「隣になまえがいるから余計に、なんだがな」
「え?なんですか?」
「いーや、なんでもねぇよ」


ぼそりと何か言ったように聞こえたけど、その内容は聞き取れなかった。元親さんは聞き返しても教えてくれないし。


そしてなんでもないと繰り返して、持っていたお弁当を広げ始めた。


「も、もう食べるんですか?」
「つまみがいるだろ」
「お酒が飲みたいんですね、はいはい。っていうか花見酒じゃないんですか?」
「俺は花を肴にして飲める方じゃねぇんだ」
「あー…あたしもかも」


一緒じゃねぇかって笑われて、あたしもお酒を用意する。それからお弁当の中におにぎりが入っているのを見て、持って来た小さなバッグからウエットティッシュを取り出した。




春独特の暖かな空気の中、舞い散る花びらを眺めながらゆっくりお酒を飲む。そして隣には元親さん。出会うはずのなかったあたしたちが、こうして一緒の時間を過ごせることは奇跡なのかもしれないけど、せっかく起こった奇跡。楽しまなくちゃもったいない。


「おいしー!元親さん、おいしいですね!」
「この枝豆も食ってくれよ、いい塩加減で出来たんだぜ」
「わ、ほんとだ!ちょうどいい塩加減!」





まだそんなに飲んでいないのに、すでに酔っ払いみたいなテンションになり始めたあたしと元親さん。お昼過ぎまでゆっくりお酒と桜を楽しんで、幸せな気分を存分にかみ締めた。












相変わらず締めぐだぐだ!お粗末さまでした。今日辺りがお花見のピークだったところも多いのではないでしょうか?桜の時期が終わるまでに書き上がってなんとか一安心…それにしても難産でした。少しでもお花見気分が味わっていただければ嬉しいです^^


10/04/11


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