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シューティングスター(伊達政宗)









朝晩が涼しく感じ始めるこの季節。朝日はゆっくり昇るし、昼間に見える蒼い空は高くて日差しがやわらかくて、日が沈むのも随分早くなった。







(さむ…っ)


明日は仕事も午後からだから、ちょっと一人観測会を開催中。今年はオリオン座流星群がよく見えるとニュースで見たからだ。


(我ながら単純だけど)


星に願いを、ではないけれど。やっぱりよく見えるとあれだけ騒がれていれば気にはなるものだ。せっかくだから何か願い事を…と考えてはみたが、あまり思い浮かばない。欲しいものとかなら、結構いっぱいあるんだけどなあ。




部屋のベランダに出て空を見上げてたけど、隣の建物との間に見える小さな空じゃ見えるものも見えない気がした。外に出ようと思い立って、部屋着の上から愛用のロングパーカーを羽織ってぺたんこなサンダルをつっかけたあたしは、ケータイをポケットに入れて鍵を握って部屋を出た。











アパートの斜め前にある神社の境内。いくつかのベンチが置いてあって、ここならゆっくり見られそうだからと腰を下ろした。明るい部屋に居て暗さに慣れていない目は、夜空を見上げても真っ黒にしか見えない。けれど、しばらくして明るめの星が見え始める。目が暗さに慣れてくれたみたい。


時刻は日付の変わるころ。少し離れた道路を車が通る音がたまに聞こえる程度で、周りは静かなものだった。今晩星を見に来る人は、近所にはいないのだろうか。


(靴下履いてくればよかったかな…ん?電話…?)


ぶるぶるとポケットの中で振動するケータイが着信を告げる。あたしのケータイはメールと着信でバイブのパターンが違う設定だから、マナーモードでも着信を簡単に知ることができるようになっている。



「どうしたの?」
『起きてたか?』
「起きてたよ」
『何してた?』
「うーん、ぼーっと」
『Ha、そりゃいつもじゃねぇか!』


楽しそうに電波の発信源である男が笑う。ほんとに失礼な奴だなぁ。なんであたしこの男と付き合ってるんだろ。


「用事ないなら切るよ?」
『Wait、用事がなきゃ掛けちゃ悪ィのかよ』
「そんなこと言ってない」
『…声が聞きたくなっただけだ』


年のわりにしっかり者の政宗がこんなことで電話をしてくるのは珍しい。普段あたしを甘えさせることはあっても、甘えてくることは滅多にないから。落ち着いた低めの声は耳に心地よくて、でもなんだかいつもと違う気がする。


「もしかしてまだ帰り道?」
『ああ、仕事が立て込んでてな』
「それで声抑えてるんだね、おつかれさま」
『Thanks』


流れ星来ないなぁ、と空を見上げたままの姿勢で耳に受話器を当てていると、喧しい大型バイクのエンジン音が響いた。結構離れてるのにうるさい、っつーか時間考えろ!とか思っていたら、あの騒音が政宗にも聞こえたらしい。


『なまえ、お前今どこにいる?』
「どこって…家の前の神社」
『こんな時間に何してやがんだ』
「星を見てるのー。今オリオン座流星群が見えるってニュースでやってたから」
『そういや…新聞で見たかもな。もう見えたのか?』
「まだ。さっき出てきたとこだしね。明日の朝はゆっくりできるし、もうちょっと粘ってみるよ」




目の暗順応によって頭上には数えきれないくらいの星が見えるようになった。たしか、流れ星は東の空に見えるって言ってたから…あっちかな?と予想をつけてじっと見る。星に詳しくないあたしでもわかるのは、鼓の形をしたオリオン座くらいしかない。けどそれが目印になる。見る方に集中していると、政宗が全然喋らなくなっていた。


(あれ、繋がってるよね?)


「もしもし?」
『どうした?』
「ううん、政宗が喋らなくなったから切れちゃったのかと思った」
『どうせ見るのに集中してたら話なんざ聞いてねぇだろうが』
「あはは、よくわかってらっしゃいますこと」
『今のお前のことなら誰よりも詳しい自信があるぜ?それこそ親にも見せたことないトコロまで知り尽くして』
「だーーーー!聞こえない聞こえないセクハラ発言はシャットアウトォ!」
『Shit!うるせぇ』


何時だと思ってやがる、とか冷静に言われて腹が立つ。けどすぐに冷静になって声を潜めた。


「あんたが変なこと言うからでしょーが…このエロ宗」
『…上等だぜなまえ』


(うわ、トーンが変わった)


政宗のにやりと口角を上げた嫌な笑顔が頭をよぎる。こういう声の時の政宗は…ドSだ。機嫌を取らなくちゃ!


「ごめんなさい政宗さま、言い過ぎました」
『許すかよ、てめぇ待ってろよ』
「え、ちょっと謝ってるじゃない!」


ブツッ、




切 ら れ た !


冗談なのにー…やっぱ疲れ溜まってたのかな?イライラでもしてたのかも。あたしバカ…でも政宗の発言も見逃したくない。


(はあー、なんか怒られそうだし流れ星見えないし…ついてないな)



「ふぇ!」
「…変な声出すんじゃねぇ」
「ま、政宗?」
「おー」


溜め息を吐き出したあたしの両頬が、いきなり後ろから伸びてきた両手によって押し潰されて、つい珍妙な声を出してしまった。


振り返らなくてもわかる、この声はさっきまで電波に乗って届いていた声。あたしの座るベンチのすぐ後ろに政宗は立っていた。



「自分の部屋に帰ってるんだと思ってたけど?」
「帰って来たぜ?お前の元にな」
「…なにその恥ずかしいセリフ」
「んだとコラてめぇ」
「冗談だよ、おかえり」
「ああ、ただいま」


隣に座った政宗。ほら、と差し出されたのはホットレモンのペットボトル。じんわりと暖かいそれには、あたしの家から一番近い某コンビニのシールがぺたりと張られている。


「ありがと。そこで買ってきてくれたの?」
「ついでだ」
「素直じゃないなあ」
「…Shit」


自販機じゃまだあったかい飲み物を売ってるところはそんなにない。政宗の言うとおり本当についでだったのかもしれないけど、それも含めて来てくれたことが嬉しかったのであたしは素直にお礼を言う。やっぱり少し薄着だったから、喉を通る暖かさがありがたかったし。



「願い事でもすんのか?」
「うーん、しようと思ったんだけど。思いつかなくてさ」
「現状に満足してるってことじゃねぇか、いい事だ」
「そうなのかなあ」



確かに今のあたしの生活は充実してて、それこそ大きな不満なんてものはない。小さな愚痴とか未来への不安とかは別としてね。これは本当はすごく幸せなことなのかもしれないけど、せっかくだから何かお願いしたいのに。



「政宗はするの?願い事」
「Ahー…実際、『流れ星が流れる間に願い事を三回唱えると願いが叶う』ってのは迷信だからな」
「そ、そうなの!?」
「ああ。瞬間的に三回も唱えられるくらい常に心にある目標なら、実力で叶えられるもんだってことだろ」
「…なるほど、言われてみれば」



流れ星を見ること自体がどうこうって言うよりも、誰と見るか、の方が大事なことなのかもね。そう言うと政宗は少しだけきょとんとした顔をみせてまたニヤリと笑った。



「俺も今が最高にHappyだ」


ぐい、と回された腕に抱き寄せられてあたしの体は政宗の胸にすっぽりと収まってしまう。自然に近づいた首筋からはほのかに政宗の匂いがして安心する。その政宗はあたしの髪に顔を埋めてきてくすぐったい。



「なまえ」



肩にあったはずの手は後頭部に添えられていて、そっと上を向かされたあたしの唇は塞がれる。すぐに離れたけど、目の前には真剣な表情をした政宗。どこか熱っぽい視線にどきりとする。おかしいな、何回も見た表情なはずなのに。政宗のキスは優しすぎる。


「なまえ、今更照れてんじゃねぇ」


くつくつと笑い出す政宗を見て悔しくなったので、あたしは政宗の両頬を思いっきりむぎゅーとしてやった。


「うわ、変な顔!政宗もやればできるんじゃん変顔!」
「……」




やばい、目がマジです。




「ごめんなさい政宗さま、お痛が過ぎました」
「わかってるなら話は早い、明日の朝はゆっくりできるとか言っていたが、都合のいいことに俺も明日は休みでなぁ」
「いや、暴力は良くない!」
「暴力なんてとんでもねぇ、大事な彼女に手なんかあげるかよこの俺が。むしろHeavenを見せてやる」
「それよりも流れ星を見せてください」
「さっきから流れてんぞ?」
「うわあすごい!綺麗!」
「よし見たな。部屋に行くぞ」



最高に意地の悪そうな笑顔の政宗に無理矢理部屋まで連れ帰られて、ポケットにあったはずの部屋の鍵はいつの間にか政宗の手にあって、押し込まれたあたしの部屋は後ろ手に鍵をガチャリと閉められ、あっけなくお仕置きタイムに移行したのでした。


あたし悪くなくない!?












…真面目な話だったはずなんだけどなぁおかしいなあ。ホットレモン飲ませて「First Kissでもねぇのにレモンの味だな?」とか言わせようかと思ったけど自重した…政宗がエロ宗で申し訳ありません、え?もっとやれ?笑
実は幸村バージョンも考えました。


09/10/27


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