専属パシリなアイツ ○ 「お願い坂本! コロネ譲って!」 「だからダメだって! 昨日は仕方ないからあげたけど、今日からもう絶対ダメっ」 坂本……その名前にうっかり反応してしまったのは俺だったが、確信したのは声。 アイツの声はすぐに分かる。 だが、何か揉めてるようだ。しかも前に教室へ来ていたのと変わらない時間だし……。 授業が長引いたのか聞いた時に頷いたのは、嘘だったのだろうか。 俺は声のする方へこっそり近付いた。 そこには案の定、俺の良く知る坂本と……同学年らしい可愛い系の少年がいた。 坂本は困ったような顔をしてそいつを見下ろしている。 やがて少年の方がまた口を開く。 「坂本、マジお願い! 今日まで母さんいなくて飯ないんだよー」 「じゃあ買えよ。売店あっちだ」 「買える訳ないだろ! あんなに混んでるのに」 その子は食い下がる様子もなく坂本に飛び付いている。 コロネくらいやれば良いのに……そう思って、ふとさっきのやりとりを思い出した。 『昨日は仕方ないからあげた』 昨日コロネがなかったのはそのせいだったのだ。そして、最近来るのが遅くなっていたのも。 そう思うと、なんだかムッとした。 アイツは俺のために買って来てくれたのに。 アイツは俺のパシリなのに。 アイツは―― 「ああもう! 仕方ないな! 絶対今日で終わりだぞ」 その台詞が、引き金だった。 ガタンッ 「瀬谷先輩!?」 俺は坂本が少年に伸ばした腕を掴むと、思いっ切り叫んだ。 「コイツは俺の専属パシリだ! 易々近付いてんじゃねーよ不細工っ」 沈黙が走る。 そりゃそうだ。此所は売店前、つまり公衆の面前でこんなことを口走ったのだから。 勿論少年なんか呆然としちゃってるし、坂本だって動かないところを見るとほうけているに違いない。 俺の中へ急に羞恥心が帰ってくる。 「って、うわーっ! すいません。人違いです今の忘れろ!」 「瀬谷先輩!」 俺は後ろの方でさけんでいる坂本に背を向け、走り出す。 坂本が何か叫んでいたみたいだったが、俺には聞いてられなかった……。 俺は本当にどうかしちまったのかもしれない。 坂本の顔が……まともに見られなかったなんて。 カッコいいとか、思ってしまったなんて。 [*前へ][次へ#] |