永久の忠誠を
3
眠り続ける日々。
時折現れる霧はとくに何をするでもなく、ただただ其処にいて、気が付けばまた消えている。
まあそれでも、眠るしかない私にとっては随分と楽しみな事ではあるのだが。
しかしいかんせん、時の流れを感じられないものだから、霧が来る法則や、帰還や時間を計る事は叶わない。
まあ、私が勝手に待っているのだから、仕方がないとも言えよう。
すーっと何かが入ってくる気配がして、意識の中で瞳を開らく。
そこに居たのは予想通り、霧だ。
前回きた時よりも、髪が伸びている。
しかし、彼だと解りやすい、頭の癖毛は健在だ。
「おや。今日は起きてるんですね」
「ああ。丁度考え事をしていた」
特に何もないこの世界にも慣れたもので、何もない世界を霧へと歩み寄る。
霧の手を引っ張りながらそこらに座り込むと、霧の髪を弄って遊んだ。
伸びたと言っても、精々耳に掛かる程度。
ジョット様の側に居た時は腰辺りまで延ばしていたというのに、今では首が隠れる程伸びれば次に来た時にはもう短くなっている。
つまりはこれ位の長さでも貴重だ。
私は霧の髪が好きだから、あの頃の様に風に靡く様が再び見たいのだが……霧が伸ばしたくないのならそれもしょうがない事。
私に何か言えた事ではないだろう。
「触らないで貰えますか」
「構わぬだろう?これは体ではないのだ」
言えばむすっとした顔でそっぽを向く。
こやつは時々、子供じみた仕草をする。
それが妙に可愛くて、私はついつい構ってしまうのだ。
さらりと指から髪が滑り落ちる感覚は確かにあるのに、これは私の手でも、霧の髪でもないなんて……最初は酷く不思議だったな。
しかしながら今となっては、見れない、触れないという私にとって、霧と戯れる唯一の手段。中々に有意義なものであると言えよう。
そして今回は魔が差してしまったのかもしれない。
言わなければ良かっただろうに、言ってしまったのだ。
「なあ、霧よ。もう髪は伸ばさぬのか」
瞬間、霧から表情が消えていった。
ああ、何故言ってしまったのだろうか。
彼は霧となるかの様に、そのまま消えてしまった。
ここから先はただの私の想像でしかないのだが。
霧の世界は、ジョット様が御創りになられたのだから・・・
何もなかった霧。
ただただ、その日を生き延びる事の為だけに生きていたのだろう。
そしてそれさえも、意味などもたず、唯生存本能に従っての事。生きる意味も理由も、霧は持っていなかったのだ。
其処へと現れたのはまだお若きジョット様。
私の部下に、と霧へと手を差し伸べた。
「何もないのなら、私がお前を拾っていこうか。私の為に生きろ」
闇に包まれた深い穴蔵に、とてるもなく大きな太陽を携えて、大空が現れた。
その時から霧はジョット様の元で、ジョット様の為に、生きたのだ。
そう、そうなのだ。だから、霧の世界はジョット様が居てこそのもの。
その日から、霧は変わり始めたのだ。
ぼさぼさに伸びていただけの髪でさえも、ジョット様は黒く美しいと誉めた。だからその日から霧は、髪を伸ばし、よく手入れをしていた。
霧が覚えた手の敬語を話した時にジョット様が似合うと言ったから、霧はそれ以来、敬語ばかりを話す様になった。
他にも、沢山ある。彼の世界の中心はいつだってジョット様だった。
「私は日本へと行く。ボスの座を降りよう」
無常にもある日突然に告げられた言葉。
皆が皆同様する。当たり前だ。
しかしジョット様は皆の制止を聞かず、旅立たれてしまった。
見送りの際に霧が居なかったのに不安を覚えたのはきっと私だけではないだろう。
数日後、ジョット様から内密に出張を言い渡されていた霧が帰還した時。
ボスの座に君臨していたのは、2代目……
霧は、何を思ったのだろうか。
そして、すぐに彼は私の存在に気が付いた。
ボンゴレの所有する施設の地下深くにあるこの場所まで訪れて、髪を切って帰って行ったのだ。
そして、次に現れた時にはもう……あの力を手にし、歪んだ笑顔を浮かべる様になっていた。
「なあ、霧よ……お前は未だ、捕らわれているのか」
消えてしまった温もりを取り戻したくて、彼に触れた時のままだった手のひらをきつく握りしめる。
ジョット様はお前をすてたのではなく、未来を思ってらしたのだ。
あの方が有する時には未来さえも見通す、不思議な力。
ジョット様は未来の為、旅立たれたのだ。
霧の居ぬ間に旅立たれたのも、お前を悲しませぬ為だと、思ってはくれないのか。
ああ、違うな。霧の事だ……
全て解っていて尚、自分を責めて居るのか。
「すまぬ、霧・・・」
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