永久の忠誠を
12
嫌な予感が、していた。
ジョット様に何かあるような、底なしの不安。
今は誰ひとりジョット様から離れてはいけない気がするのだ。
そんな日がしばらく続いたある日のことだった。
ここ最近はジョット様もお遊びをお控えになり、業務にせいをだしていらした。
マフィア間の諍いは愚か、チンピラ同士の小競り合いすらない。
あまりにも平和な日常に、闇色の不安は私の思い過ごしだったのだと、いまだに落ち着かぬ胸を握りしめる。
ことが起こったのはその日の晩だった。
「霧を、ですか?ですがこの仕事を彼1人に任せるには、彼はまだ幼い……ジョット様、幹部なら沢山おります。ひとことおっしゃって下されば、直ぐにでも発ちましょう。ジョット様、私に、命を・・・」
「だめだ」
ジョット様は眉間に皺を寄せ、低く言い放った。
霧に与えられた任務は、あまりに酷い。
戦術や戦略面から見ても、幹部か補佐が2人は必要だろう。
霧に幹部ではないものがいくらついたとて、補える穴ではない。
それにこれは、人数が多いと不利だ。
ジョット様は、何をお考えなのだろうか?
照明で陰るジョット様を見やると、ジョット様は既に私から視線を外していた。
「霧を抜く守護者を、すべて私の部屋へ呼べ」
「……はい、ジョット様」
部屋の扉を閉めながら、再びジョット様のご様子を伺う。
ジョット様は背もたれに深く背を預け、立てた肘に顔を乗せている。
よく見えないながらも、ジョット様は笑ってらしたような気がした。
「私は日本に発つ」
皆が皆、驚いた。
日本好きがこうじての旅行なんて雰囲気ではないことは、わかっている。
しかし誰もが、そう願わずには居られなかった。
何をいっても、何を訊いても、ジョット様は何も話してはくださらない。
皆は部屋を去り、夜空を見上げるジョット様と私だけがとり残される。
ランプの淡い光が揺れ、空間をどこか寂しく演出していた。
「ボンゴレを、お捨てになるのですか」
「・・・・・・今宵の月は美しい」
ようやく聞けたジョット様のお声はとても小さく、ただの独り言のようだった。
ジョット様ひゆっくりと振り返り、やわらかな微笑みを浮かべる。
「今宵で良かった」
ジョット様の指に月の光が降り注ぎ、リングが幻想的に光った。
ジョット様はそれを眺めると、手をしばし月の光にあてる。
「……これも、置いて行かねばな」
大事そうに指から外すと、そのまま月の光を浴びるように置く。
すべての動作を見て、今更ながら実感が沸いてきた。
この方は、居なくなるのだと・・・
気付いて、涙した。
「何を泣く、カルツォルネ」
名を呼ばれ、実感は悲しみとなりて膨らんでいく。
ルナとは、もうお呼びくださらないのですか。
あなたを守りし月は、もう必要ありませんか。
「ルナと、お呼びください・・・」
ジョット様は目を伏せ、困ったような笑いをうっすらと口元に携える。
だめなのだと理解していても、認めたくなくてジョット様を見つめた。
「月は、ひとつだ」
私は要りませんか。
空に浮かぶ月しか、要りませんか。
私はいつしか笑っていた。
いぶかしむようにこちらへと数歩歩み寄ったジョット様を見やる。
「ル、ナ・・・?」
「あなたが居ぬボンゴレなど、私には価値がありません。私が壊して参ります。ボンゴレがなくなれば、あなたはここに居ますよね」
私は可笑しくなってしまったのかもしれない。
涙を流しながら笑みを浮かべ、ジョット様を苦しめることを言っている。けれど止まらない。止められない。
「やめろ、ルナ。ボンゴレは、まだ潰えてはならん」
ああ、やはり・・・
私は請うようにジョット様を見上げた。
「ならば私を、殺してください……」
ジョット様は静かにグローブに炎を灯す。
あなたに捧げた我が命、あなたが去る今、必要ありません。
私はゆっくりと瞳を閉じた。
もっとあなたと居たかった……
思いは炎となり、私を包む。
私が居たこと、忘れないでください。
美しき我が月は、氷に包まれた。
芸術品のように美しいそれを、手のひらで撫でる。
それは酷く冷たく、ルナの悲しみを表すようだった。
「すまぬ、ルナ・・・お前はまだ、ボンゴレに必要なのだ……託そう、 」
ただひとりの、月よ。
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