Long 『HUNTER×HUNTER』
6
「…好きだよ」
今まで聞いた事のないくらいに甘く真面目なその声に、その言葉に、俺は我が耳を疑った。
湯を叩く事を止めた手は重力に忠実に沈んでいって、それを眺めていた顔をおそるおそる上げた。
見えたのは、奇術師でも旅団でもなくて…
「なに、が…」
「ユウキが、好きだよ」
しっかりと捉えられた俺の目は、もう逸らす事など出来なくて、ただただヒソカを見つめていた。
見開いたままの俺の目は、瞬きすらも忘れてしまいそうだ。
こんなにも甘い言葉を、こんなにも望んでいた言葉を、告げられるハズがない。
信じられずに居た俺の頭は、許容量を超えて爆発寸前。熱烈暴走中。
「何馬鹿な事言ってんの。ヒソカが興味あるのは団長とか、ゴンとかキルアとか…クラピカとか、あとレオリオ?・・・ああ、俺も彼らの仲間入り?」
可笑しくなってきた俺の頭ではそんな言葉しか紡ぎ出せなくて、見開いたままの瞳に涙が滲んだ。
その台詞を止めようにも止まらなくて、何故か口元には薄ら笑い。
顔は驚いているのに、口元だけが変に笑おうと引きつっていて、きっと今の俺は随分とおかしな顔に違いない。
「・・・そうだね。ボク、先にあがるよ」
一瞬、悲しそうな顔をしたヒソカは次の瞬間にはいつもの笑みを携えていて、ざばっと水しぶきを上げて湯船から、そして風呂場から出て行った。
なぜ、あんなにも悲しそうな顔をしたんだ…
いつの間にやら溜まっていたお湯は、もうすぐに俺の肩まで隠れてしまいそうだった。
いっそ隠れてしまいたかった俺は、そのままずるずると背筋を曲げていった。
口元まで湯に浸かって、ぶくぶくと口から泡を出して考えた。
こんなにも熱いのは、湯に浸かっているからだ。
だって、あり得ないじゃないか。
ヒソカが、俺を、好きになるなんて。
だって、昨夜の行為は、団長と戦えなかった憂さ晴らしだろう?
だって・・・
いくつもの言い訳を並べた所で、ヒソカが浮かべたあの表情を消し去る事なんて出来なくて、胸に罪悪感ばかりが降り積もる。
あの顔をさせたのが自分なのだと思うと自分が憎くすらあるし、俺がヒソカを好きでないと思ってあんな顔をしてくれたのかと思うと嬉しくもある。
ひどく、自己中心的な考え方ではあるが。
でも、思いを伝えて良いものか…
これから、もっと辛くなったりはしないだろうか…
ヒソカの、重荷になったりは…しないだろうか。
考えていた内に逆上せてきたのか、頭がくらくらしてきて、俺も湯船から出た。
再びシャワーの前に立ってみて、鏡に映った自分の姿に驚きながらも、恥ずかしさが込み上げてきた。
鏡に映っている自分にはいくつものキスマークが付けられていて、段々と鏡の中の俺の顔が赤くなっていく。
つけられた痕の中の1つに指を這わせてみた。
これは、意味もなくつけられたモノ?
思いを込めて付けられたモノ?
俺は勝手に1つの答えを見出して、それを告げるべく、急いで部屋に戻った。
「ヒソカ…!!」
しかし其処には部屋の主の姿などどこにもなくて、からっぽのやけに広い部屋と、少しの家具しかなかった。
俺が、あんな事を言ったから…出て行ったのだろうか。
一抹の不安が浮かんでしまえば、それはだんだんと大きくなっていってしまう。
誰も居なくなって、温もりさえも消えてしまったベッドに座って、シーツを握りしめた。
捜しに行けば、見つかるかも知れないのに。
俺には、出来なかった。
先に拒絶したのは俺なのに、今更何を言っても無駄に思えた。
それさえも、自分がこれ以上傷付きたくないからというの逃げなのだろうと解っていても、動けなかった。
「ごめん…ごめん、な」
さっきまで彼が寝ていた場所を優しく撫でて、謝った。
俺はいつからこんなに女々しくなったのか、弱々しくなったのか、なんて…考えた所で意味を成さない。
ここに居ては、きっとヒソカが帰って来れないよな。
着替えて、自分のホテルに帰ろう…
部屋のドアを開けた時に振り返って、もう一度、誰も居ない部屋に謝った。
できるのならば、ヒソカが帰ってきた時にその言葉が聞こえればいいのに…
そう思っての、心からの謝罪。
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