君に捧げる愛の歌 「最後は新曲でござる。拙者の一番大切な人に贈る歌でござるよ」 一瞬しんとなった会場が、一気に歓声に包まれて。 大切な人への想いを丁寧に丁寧に歌い上げたその曲は。 本日一番の盛り上がりとなった。 【君に捧げる愛の歌】 その男は、河上万斉といった。 人気バンド『鬼兵隊』のギタリストであり、作詞作曲も担当。 音楽的センスは抜群で、音楽プロデューサーとしての一面も持っている。 また、バラエティ番組やニュース番組、ドラマにも幅広く出演し、現在最も忙しい芸能人と言われている。 彼と共演したタレントは、決まってこう言う。 まるで完璧を絵に描いたような人間だ、と。 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、天才と呼ばれるだけの才能を持ちながら、性格も決して悪くはなかった。 しかし、そんな大人気ギタリストも自分にかかればただのいけ好かない人物でしかなく。 少なからず音楽にかかわりを持っている俺は、数少ない彼を嫌いな人間の一人だった。 「とか言いつつライブに来る俺って何なんだろうな……」 このところソロ活動の多い河上万斉。 最近は鬼兵隊の活動も差し置いてソロ活動に熱を入れている。 それなのに鬼兵隊のリーダー高杉晋助もそれを了承しているというから、よくわからない。 ちなみに今日はソロライブの最終日だ。 嫌い嫌いと言いつつ、俺は何故か河上万斉のライブに来ることが多い。 それは、いつも特等席にいる奴に会えるかもしれないから、という多大なる下心を含んでのことだったりする。 ソイツは多分、俺のことなんか何とも思ってないだろうけど。 「お、また会ったな」 「お、おう」 偶然、だけど。 ソイツに会えた。 心なしか鼓動が速くなる。 「はー……今日暑ちぃな」 ソイツは銀色の髪と赤い眼を持つ男で、ライブなんか絶対来ねぇだろうなと思うようなやる気のない雰囲気をまとっている。 いつもTシャツにジーパンというラフな格好なくせして、それがどうにも似合っているから悔しい。 名前は、多分『ぎんとき』。 なんで多分かといえば、ちょくちょく見かけて話はするものの、名前を訊いたことはないからだ。 コイツの友人らしき男が呼んでいるのを聞いただけ。 「あの、さ、」 今日こそは、と口を開くのだが、もうライブが始まってしまう。 激しいギターの音をきっかけにして、曲が始まる。 河上万斉の作る曲はどれも個性的だが、ソロの曲はどれもロックが多い。 まあ俺はロック自体は嫌いじゃない。 河上万斉は嫌いだが。 会場が熱気に包まれる。 激しい曲のオンパレード。 耳が壊れてしまいそうなほどの音は、それでも心地よい快感をもたらしてくれる。 ちらりと隣の奴を見れば、ソイツは死んだ魚のような目を面倒くさそうに瞬きさせながら河上万斉に見入っていた。 他の客のように音楽に乗るわけでもなく、ただじっと。 それがどうにも気になって、俺は河上万斉のライブに来ることをやめられないのだ。 +++++ 俺が河上万斉を嫌いなのは、あいつが完璧だから。 容姿も頭脳も運動神経もよくて、職業にしている音楽だってどこにも欠点がない。 何をやらせても簡単にこなすし、失敗も滅多にしない。 だからこそ、俺はあいつが嫌いだ。 音楽とは、奏でる音を楽しむものだと思っている。 どんなに下手な音楽でも音を楽しむ感情がこもればそれは好ましいものになるし、どんなにうまくても感情のこもらない音楽は癪に障る。 どちらかといえば俺がオーケストラの音楽にかかわっていることが原因かもしれないが。 そんな俺に言わせれば、河上万斉の音は腹が立つほど完璧で、かつ面白みがない。 うまいな、と思わせるだけのそれだ。 「……けど」 最近は違う。 最近……そうだな。 ソロ活動が活発になってきたころからだ。 河上万斉の気に食わない音が変わった。 音に感情がこもるようになってきたのだ。 今までどんなラブソングを歌っても冷淡な音楽にしか聞こえなかったのに。 最近あいつが歌うラブソングは、聴いてるこっちが苦しくなるくらい切ない。 「心境の変化か? 今頃になって? 恋人でもできたか?」 思わず呟けば、隣の銀髪が何故か思いっきり動揺してみせた。 なんでだ。 というか、俺の独り言聞こえてたのか? 銀髪の男はそれまでの無表情をどこへやったのか、頬に朱を走らせると勢いよく俯いた。 周囲では客がテンションを上げているのに、一人俯いている男は異質に映る。 声をかけようかどうか迷っているうちに、曲がスローテンポに変わった。 バラードを歌うようだ。 それにしても、またしても河上万斉に邪魔された気がする。 なんだか腹が立つ。 河上万斉が歌うバラードは片思いのラブソングが多い。 歌詞だけ聞けば想いの届かない切ないラブソング。 だけど、河上万斉が歌うからこそその切ない想いは伝わらない。 「今は、違う」 これはきっと、彼自身の感情。 彼が感じた愛しさ、切なさ、苦しさ、どうしたって止まらない想い人への想い。 実感がこもる声だから、聞く方の感情が揺さぶられる。 観客の盛り上がりは一層高まり、女性たちは涙さえ流している。 河上万斉を心底嫌っている俺までも、この声にはぐらりと来るものがあるのだ。 どんな心境の変化だろう。 本当の恋をしたのだろうか。 曲が終わり、大きな拍手が会場を包む。 拍手がやんだ頃、河上万斉はただ一点を見つめてどこまでも甘い声を出した。 「最後は新曲でござる。拙者の一番大切な人に贈る歌でござるよ」 ただ一点を見つめて。 俺の、隣を。 「……って、俺の隣!?」 思わずあげた大声も、歓声に巻き込まれて自分の耳にすら届かない。 きっと観客にはそれが誰に向けられたものなのかわからないだろう。 だけど俺は気づいてしまった。 河上万斉が誰を見ているのかも、隣の銀髪が恥ずかしそうに河上万斉を睨んでいるのも。 河上万斉の音が変わった、その理由は。 最後の曲が終わるまで、俺はただただ呆然としていたのだった。 +++++ 「バカかテメーは!!」 楽屋に入るなり、銀時は叫んだ。 視線の先には、丹念にギターの手入れをしている万斉。 とんでもないことをしてくれたにもかかわらず、全く反省の色はない。 それどころか、誇らしげな顔をしているようにも見える。 なんて腹が立つ顔だ。 殴りたい。 銀時がわなわなと怒りに震えているのがわかっているくせに、万斉は顔を上げると嬉しそうに微笑んだ。 「そんなに嬉しかったでござるか」 「嬉しいわけあるか!」 誰が知っているわけでもない。 万斉の作るラブソングが誰に向けて作られたのかということは、万斉自身と鬼兵隊のメンバー、そしてその誰かである銀時しか知らない。 だが、たとえそうだとしても恥ずかしいものは恥ずかしくて。 毎回ライブに来ている銀時に言えたセリフではないとわかってはいるのだけれど。 銀時はどうしても怒らずにはいられなかった。 「照れ隠しでござるか。相変わらず白夜叉は可愛いでござるな」 「照れ隠しじゃねーよ、本気で怒ってんだよ! つーか、白夜叉って呼ぶなっつってんだろーが!!」 顔を真っ赤にして怒鳴る銀時は照れ半分怒り半分といったところだろうか。 どことなく嬉しそうな様子が窺えるものだから説得力は全くない。 だから、だ。 万斉がついステージ上で銀時への想いを込めた歌を歌いたくなってしまうのは。 「銀時」 「う……なんだよ」 真面目な声音で言われれば、銀時は黙って答えるしかない。 こんなときの万斉の声は言ってしまうのも恥ずかしいが腰にくるのだ。 そんな声で、二人きりのときにしか呼ばない名前を呼ばれてしまえばお手上げだ。 「好きでござるよ」 「……! バカにすんじゃねーよ!!」 俺も、と聞こえるはずもないほど小さな声で呟くと、しっかり聞きとったらしい恋人はギターをおいて銀時を抱きしめた。 結局勝てないのだと、思い知る瞬間だった。 +end+ +++++ 万銀(この響きがいいよね!)はパラレルで! てゆうか、シリアス書けないのでほとんどの作品がパラレルになります。 ごめんなさい技量不足です(土下座) しかも五千打なのにこの遅さ……いっかい万斉に斬られてきた方がいいですね、私。 あと他にも残ってるんですけど、まだまだ頑張ります! あ、ちなみに出てきた男性はひじーでも誰でもいいです← [*前へ][次へ#] |