Let's Get It Started(彼女の結託)…1


応接室へと向かう廊下は陽光が差し込み暖かく,春の空気を感じ取ることができる.
歩きながら窓の外を見れば,今日も高く広がる,青々とした空.


(神,そらに知ろしめす.なべて世は事も無し……か)


好天が続く今日このごろだが,私が抱える問題は,事もなし,どころではない.
それでも,掛け値なしのいい天気にすこしだけ気をよくして,声を出さずにブラウニングの詩を口ずさむ.

時は春,
日は朝,
朝は七時,
片岡に露みちて,
揚雲雀なのりいで……


……雲雀.

またこの名前か.
今向かっている部屋の主の顔が思わず脳裏に浮かび,私はむっとして口をつぐむ.


至極残念なことに,屋上でこれ以上ないくらい最悪な出会い方をした彼とは,奇妙な縁があるらしい.
兄のデートを尾行したあの日,偶然相まみえた私たちは,お互いの利害関係が完全に一致していることを確認した.

つまり,私は兄が好きで,
委員長は長篠ともはが好きで
(彼は決して「好き」なんて言葉は口にせず,特別だとかなんだとかごちゃごちゃ言っていたが,まあ要するに好きなんだろうと私は解釈した),
そして二人とも,兄と長篠ともはの仲を壊したいと思っている,ということだ.

願わくば二度と関わりたくないと思っていた相手だったが.

――――こいつは使える.

そう考えた.
長篠ともはの幼馴染という彼のポジション,加えて噂に聞く彼の権力.
屋上で委員長に会った次の日に学校でその話をすると,同級生たちはまず「よく無事だったね」と驚き,それから口々に委員長の絶大な権力について力説した.
一介の中学生の持つ力などたかが知れている,と,私は話半分に聞いていたのだが,すくなくとも学校内で圧倒的な存在であることには間違いなさそうだ.
長篠が同じ学校にいる以上,それなりに利用価値もあるだろう.

同じように,向こうも私の「恋敵の妹」という地位に魅力を感じたのだろう.
私たちはその場で,共同戦線を張る合意をしたのだった.


そしてこれから,その同盟に基づき,応接室で作戦会議が行われることになっている.
会議,と大げさに言ってみても,私と委員長との二人が話し合うだけなのだが.
どこか人目を気にせず腰を落ち着けて話せるところはないか,と聞くと,学校の応接室が風紀委員に割り当てられているから自由に使えるというのだ.何たる権限濫用.

廊下の端にある,一枚板の豪勢なドアの前に立ち,「応接室」というプレートを確認する.
本当に委員会がここを使っているのか,と少々疑念を抱きつつも,ノックしてドアを開けると.
革張りのソファに深々と腰掛けて,なにか書類に目を通していた委員長が顔を上げた.


「やあ,来たの.苗字名前」


そう声をかけられたのに返事をするのも忘れて,私は初めて入る応接室に見入っていた.
素人にも値が張るだろうとひと目でわかるほどの,豪奢な調度品の数々.
いくら応接室とはいえ,ただの中学校にこんな設備があるとは.
この学校はよほど予算が潤沢……というわけではなさそうだ,大方目の前のこの男が,超法規的手段でもって手に入れたのだろう.
随分いい部屋だ,と正直な感想を告げると,「そう」という気のない返答が返ってくる.


「今,草壁が居ないから,お茶が飲みたければ自分で淹れてよ」

「……客に給仕させるとは,革新的な礼儀じゃない」

「君がいつお客様になったの?給湯室は向こうだよ」


再び書類に目を落とし,こちらを見もしないで奥を指差す.
相変わらずの傍若無人ぶりだが,こんなことでいちいち腹を立てて揉めていても仕方がない.この男と私は協力していかなければならないのだから.

仕方なく荷物を置いて奥に向かうと,暴君は
「淹れるなら僕のぶんもね」
と後ろから声をかけてきた.やれやれ.




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