BOY IN BLACK(彼の驚愕)
「どうして,ここにいるの……」「なぜ,ここにいるの……」
目の前にいる女は呆然とした様子で,僕と同じことを呟いた.
まるで合わせ鏡のように.
そもそも今日は,ろくでもない日だった.
長篠が例の男と放課後遊びに出かけるという情報を得たのは,昨日の夕方.
僕は即刻,部下全員に指示を出した.
放課後は各自分担して街の各所に待機し,長篠と相手の男を見張ること.
逐一無線機でふたりの位置を僕に連絡し,僕が常に相手から見つからないが直ぐに駆けつけられる程度の距離を保てるようにすること.
何か異常事態――――ふたりの関係が特別なものになるような――――があれば,僕に即刻連絡し,指示を仰ぐこと.
僕がその場に駆けつけるのが間に合わないような場合には,即座に異常事態の進行を阻止すること.
今日の並盛は,そんな厳戒態勢のもとにあったのだ.
そして,つかず離れずの位置からふたりを尾行していた僕は,
「カップルとして雑誌に載る写真を撮られそうです」
という部下からの緊急報告を受け,草壁に用意させた爆薬(といっても長篠に怪我をさせるわけにはいかないから,殺傷能力の低い,単に音と煙で混乱を起こすだけのこけおどしだ)を手に駆け出したのだった.
そこで,思わぬところから出てきた少女とぶつかった.
そんなヘマをするなんて,僕も頭に血が上っていたのだろう.
相手は力いっぱい吹っ飛んだものの,流石に僕は転んだりはしなかった.が,そのかわり,衝撃で,手に持っていた点火済みの爆薬が,あらぬ方向に飛んでいってしまった.
あたりに響き渡る爆発音,衝撃.
もうもうと立ち上る煙.
周囲からは驚きや混乱の声,ばたばたと逃げる足音.
狙った方向には投げられなかったが,まあ,これなら写真撮影どころではなくなっただろう.
多少のアクシデントはあったものの,結果的には問題ない.
そう思って,立ち去ろうとした時だった.
煙のなかから,僕と衝突した女が立ち上がったのは.
忘れもしない,作り物じみたこの女の名は.
「苗字,名前……」
彼女も同時に,「雲雀,恭弥……!」と,僕の名前を口にする.
彼女がどうしてここにいるのかは皆目判らないが.
僕と同じタイミングで僕と同じ方向に走り出し,ぶつかったこと.
僕が放った爆発物のほかに,破裂音がいくつか聞こえたこと.
周囲は混乱しているなか,ひとり冷静であること.
直感的に理解する.
――――僕らは,共犯者だ,と.
この女に事情を聞きたいところだが,兎に角今ここに長居するのは不味い.
僕はとっさに苗字名前の手をとった.
その冷たさに一瞬どきりとするが,今はそんな場合ではない.
手をひいて,「とりあえずここを離れる.いいね」と言って駆け出す.
彼女も僕の様子になにか通じるところがあったようで,頷いて大人しくついてきた.
しばらく黙ったまま走り,ある程度距離がとれたところで立ち止まる.
この辺りなら人気もないし,立ち話をして誰かに聞かれる心配もないだろう.
僕が彼女に向き直り,口火を切ろうとすると.
「あの,手」
若干言いにくそうに,指摘された.
ああ,まだ手をつないでいたんだっけ.
あれだけ走ったのに,血が通っていないみたいに冷たい.
君やっぱり人形か何かなんじゃないの,と言いながら手を離してやる.
不思議そうに首をかしげる苗字名前に説明するのも面倒臭くて,ただ「なんでもない」とだけ返す.
今の僕たちには,早急に話し合うべき議題があるのだから.
「さあ,事情を話してもらおうか」
――――これが,僕と彼女が共同戦線を張ることになった経緯だった.
*タイトルは,映画Men in Blackのもじり.制服も黒いので.
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