shot by shot(彼女の追跡)



苗字名前,15歳.
只今,人生初の尾行中.
ターゲットはもちろん――――兄と,長篠ともは.


兄が長篠ともはとデートする.
その情報を手に入れたのは,昨夜のこと.

来たな,と思った.
それまでは学校が違うこともあり,せいぜいがメールのやりとりをしているくらいだったから,傍観していたのだが.
学校帰りのデートに漕ぎ着けるとは,残念ながらふたりの仲は,順調に進展しているらしい.

そうなると私もそろそろ黙ってはいられない.
兄が語る聞きたくもない長篠ともはの話を,今まで必死に耐えながら聞いてきたのは,ひとえにこういったデートなどの情報を得るためだ.
そして,ふたりの仲が決定的なものになるのを――――もっとはっきりいえば,恋人同士という関係になるのを――――たたきつぶす,そのため.

顔で笑って心で泣いて.
なにが悲しくて好きな人の恋愛相談に乗らなくてはならないのか.
しかしその甲斐あって,今日の情報をしっかり得ることができた.
待ち合わせ時間,待ち合わせ場所,目的地.
全て私の頭の中に入っている.


授業が終わってすぐに張り込みを始め,今は商店街を歩くふたりの後をつけているところだ.
流石に最初のデートでは何も起こらない,とは思うが.
なにかあれば,すぐに出て行って妨害する用意はできている.

……といっても,昨日の今日では,大した用意はできなかったのだが.

なんとか手に入ったのは,爆竹と,即席で作った煙玉.
手持ちの材料ではこれが精一杯だった.

装備としてはいささか心もとないが,まあ,ロマンチックな雰囲気をぶちこわしにするくらいはできるだろう.
ある程度人がいるところなら,混乱を引き起こすこともできる.
最悪そのどさくさに紛れて,ふたりを物理的に引き離せばよい.



いまのところ,ふたりは楽しそうに会話しているものの,手をつないだりする様子はない(そんなそぶりを見せようものなら即座に爆竹の出番になるが).
見つからないように適度に距離を保ちながら,決して見逃さないよう,細心の注意をはらう.
思ったより心身にくるな,これは.


……それにしても.
ふたりが歩いているのはよく目立つ.
認めたくはないが,正直お似合いの美男美女だ.

兄と長篠ともははどこか似た雰囲気を持っていて,そこだけ暖かい陽が射しているような,柔らかい印象を与える.
小柄な長篠は,小動物のような感じで,美人というよりも可愛いとか,愛らしいといった単語がよく似合う.
そのふわふわした笑顔,女の子らしい立ち居振る舞いは,私とは大違いだ.



兄から長篠ともはのことを聞いてから,私は転校したばかりで限られているコネクションを最大限使って,彼女の情報を集めた.
どんな性格なのか.友達づきあいはどうなのか.裏表がある奴ではないか.趣味は,家族は,勉強は,運動は,男の遍歴は――――


その結果わかったのは.
彼女はほとんど,「完璧」だということ.


曰く,すこし体は弱いが,真面目で,明るくて,勉強もでき,可愛くて,人懐っこい.
超がつくほどのお人よしで,友達も多く,人気者である.
誰にも分け隔てなく接するけど,恋愛にはあまり興味がないみたいだ――――
等々.


なんだその聖人は,と思った.
逆に怪しく思えるくらい,褒め言葉しか出てこない.

しかし私は,似たような評判の人物を知っている.

そう,兄だ.

皮肉なことに,彼女についての噂は,兄についての噂とよく似ていた.
そう気づいたときの,苦々しい気持ち.


ただ,ひとつだけ,情報を提供してくれた人たちがいいにくそうに漏らすことがあった.
それはどうやら,あの屋上で出合った『雲雀さん』と親しい関係にあるらしい……ということ.

そこに何か彼女の弱みがあるのでは,と探ってみたが,残念ながらなにも出てこなかった.

「あの子なら,あの風紀委員長とだって仲良くなってもおかしくない.誰もあの子を嫌いになったりできないから」

それが,彼女の知り合いが口々に言う結論だった.


……しかし,なんでまたここであの男が出てくるのだ.忌々しい.



すこし考え込んでしまったことに気づき,ふと我に返ると.
いつのまにかふたりは見知らぬ人間に話しかけられていた.
何事か,と思って会話が拾える位置にまで,そろそろと近づくと.

どうやら話しかけているのは雑誌編集者らしい.
なになに.
……ファッション誌の.カップルの,ストリートスナップ?


(まずい!!)


あれだけ目立つふたりだ,そういう企画の目にとまっても不思議はない.十分想定しておくべきだった.
しかしこれはまずい,カップルとして写真に写ったりすれば,いい流れで既成事実が出来てしまう.
なんとしても避けなければ.躊躇っている時間はない!


爆竹と煙玉を手に,ふたりのほうへ走り出した私は.
しかしすぐに,同じように物陰から走り出した何者かに思い切り衝突してしまった.


盛大に転ぶ私.手から既に点火済みの爆竹と煙玉が飛び出す.
しまった,と思った瞬間.
爆発音が響き渡り,あたりは煙に包まれた.


……爆発音?

おかしい,私の爆竹と煙玉ではこんな音がするわけはないし,煙だって妙に多い.

しかし,なにはともあれ,ストリートスナップ撮影どころではなくなっただろう.
とにかく目的は達成できたわけだ.
それよりも,いつまでもここにいるとふたりに発見されるおそれがある.
混乱にうまく乗じて,この場を立ち去ろう,そう思って立ち上がった時だった.

煙のなかから,予想だにしない人物が現れたのは.


見覚えのある学ランに身を包んだ,鋭い瞳の少年.
こちらを見て僅かに目を見開いているのは,そう,紛れもなく.



「なぜ,ここにいるの……」「どうして,ここにいるの……」



お互いに見つめあう私達は,同時に呟いた.



「雲雀,恭弥……!」「苗字,名前……」





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