風紀委員長はバースデーケーキの夢を見るか?
 誕生日/仲良し/恋愛未満




風紀委員長はバースデーケーキの夢を見るか?


5月5日.
大抵の人間にとってはこどもの日――――端午の節句で,ゴールデンウィークを構成する休日のうちのひとつ.
そして,僕にとってはもうひとつの意味を持つ日だ.

とはいっても,特にそれを意識した過ごし方をしたようなことは,僕の覚えている限り,ない.
普段と多少異なるところがあるとすれば,学校が休みで,僕は静かな校舎で思う存分落ち着ける,というだけの話だ.


かつてはこの時期になると草壁が婉曲的に僕の欲しいものを聞き出そうとしたり可笑しな動きを見せていたこともあった.
僕がその意図を掴めずに(僕の誕生祝いをするつもりだなんて一体何処の誰が思いつくだろう?)業を煮やしてなんでも好きにしなよと言ったところ,当日向かった応接室で,これから小学校のお別れ会でも行われるのかと思うような装飾と愛らしいバースデーケーキとに出迎えられて大いに閉口した.

それ以来,余計なことはせず一人にさせろとよく言い含めることにしている.そもそも僕は欲しいものは自分の力で手に入れられるのだから,誰かにプレゼントを貰うなど無用な手間で暑苦しいだけなのだ.

だから今日も例年のように,静謐な,落ち着いた一日になるはずであり,僕もそれを望んでいた.
静寂と秩序を無遠慮に破る怖いもの知らずの輩が現れるまでは.


「やあやあ,委員長.ご機嫌いかが?」


半分ほど開いた応接室のドアに身をもたれかけ,何も後ろ暗いところはありませんとでもいうような笑顔.
今日この部屋にずかずかと入ってきた挙句,そんな顔をしていられるような神経の持ち主は一人しかいない.


「苗字名前,5月5日不法侵入……と」

「あれ?委員長のいつもの論理だと,「この学校の管理権者は僕だ」って言うと思ったのに」

「だから,不法侵入.僕は君が入ることに同意しない」

「冷たい.キミ,それでも赤い血が流れる人間なの?」

「僕をイカやウミウシと一緒にする気」

生意気な口をきく世にも不届きな闖入者を睨みつけてはみるけれど,それが今まで功を奏した試しはない.
そういえば当初は物怖じしない彼女を屈服させてやろうなんて思っていたんだったか.今となってはお笑い草だ.

名前は恐らく自分の中に彼女なりのルールを確立しており,そこから外れた「不当な」やり方に折れるつもりはないのだろう.その点では僕と名前はよく似ている.従うルールの内容は全く違うが.

僕の基本的なルールは「力」だ.
力は単純で美しく揺るがない.
言わせてもらえば,時代や立場で如何様にも姿形を変える「正義」なんかよりも,余程従う価値があるというものだ.

勿論どこにも単純な力には反発したがる類の人間は存在するから,そういった輩を従わせるための手段も用意している.
ただそこまでして名前を潰すメリットがどこにもないのだ,至極残念なことに.


「校舎はどこも施錠してある筈なんだけど.どこから入ってきたのさ」

「それはトップシークレットです」

「僕を不機嫌にさせるために此処に来たの?」

「まさか!そんな風に思われるなんて心外だなあ.今日来たのは……」


いたずらっ子のように瞳をきらきらさせて,名前が後ろ手に持っていた何かをひょい,と僕の前に出す.
刹那,小気味の良い破裂音が響き,僕の視界は宙を舞う色とりどりのカラーテープに遮られた.


「誕生日おめでとう,委員長!」


眼前を覆うテープの隙間から,いかにも愉快そうな顔が除く.僕はあっけにとられて言葉もなく,ただその顔を見つめるのみだ.


「……」

「あはは!珍しく委員長の驚いた顔が見れたな」


安っぽく光るクラッカーを手に沢山持って,屈託なく笑う名前.
僕は予想外の出来事に,次に言うべき台詞を探しあぐねる.
僕の誕生日を祝おうとする馬鹿が追加で現れるなんて,誰か一瞬たりとも想像した者がいただろうか?
僕のトンファーを賭けてもいい.答えは否,だ.

結局僕は,「……それだけ?」と,心に浮かんだ疑問をそのまま口にした.


「それだけって……ああ,誕生日プレゼント?鬱陶しがると思ったから,用意しなかったんだけど.草壁君からケーキ用意しておいたときのこと聞いたよ」

「……ああ,あの時の」

「“苦虫をいっぺんに百匹くらい噛み潰したらあんな顔でしょうね”って言ってた」

まあ,確かにそんな表情をした自覚はある.否定はしない.

「いや,そうじゃなくて……君さ,これを言うためだけにここに来たの?わざわざ,休日の学校に忍び込んで?」

「え?そうだよ?」


僕の質問の意図がまるで判っていないような素振りで首をかしげる名前.
一方の僕は彼女が何故それを当然のことのように話すのかが理解できない.これがディスコミュニケーションというやつだろうか.

「だって委員長はここにしか来ないし.友達の誕生日をお祝いするのは,当たり前でしょ.特別な日なんだから」

そう言って笑いながら,名前は僕の髪や体にまとわりついたテープを手で払っていく.

“僕と君がいつ友達になったんだ”……いつもならそう言うところだけれど.
その単語を使うことに何の躊躇もない名前の様子を見て,僕は危うく出かかった言葉を喉の奥に飲み込んだ.

……今回だけはそういうことにしてやってもいいだろう.
だって僕の周りにはお人好しの馬鹿がふたりもいることが判明したし,なにより今日は――――

――――「特別な日」なのだから.






(了)




*タイトルは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』より.



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