Loser in the Light(彼女の失策)…1



「名前先輩と一緒にお料理ができるなんて嬉しいです!一度お話してみたかったんですよ」


いきなりの先制ホームラン.

先輩って下級生の間でもちょっと有名人だから,友達に話したら羨ましがられちゃうなあ.
そう言って輝かんばかりの笑顔を向けてきた長篠ともはに,思い切り意地悪な小姑を演じて家から追い出そうかなどと考えていた私の心は,あっさりと折れた.
こんな無邪気な子犬のような(目を凝らせば尻尾を振っているのが見えるようだ)態度をとられたら,とても冷たくあしらうなどできやしない.それこそウミウシでもない限り.

ありがとう長篠さん,と私は力なく答え,まな板に向き直った.
さんづけじゃなくていいです名前で呼んでください,とか,名前先輩が雲雀くんの友達だなんてすっごい偶然,とか,ほぼ初対面の私に人懐こく話しかけてくる長篠ともはに相槌をうちながら,この憂うべき事態にいかに対処しようかということに意識を向ける.


クローゼットに閉じ込められるわ委員長は人の肩を枕代わりにして寝だすわ(おかげで体が変に固まってしまって痛い),やっと兄たちが出て行きクローゼットから抜け出せたと思ったら,今度はキッチンで恋敵とふたりっきりで料理.今日は試練の日なのだろうか.
とにもかくにも,二人きりになって兄の目がない所でいびりたおして追い出す作戦は早速撃沈したということだけは確かだ.


こうやって長篠ともはと相対するのはこれが始めてだということにすこし驚きを覚える.
今まで散々この子のことを見てきたと思ったが.
それもそうだ,よく考えたらいつも物陰から見ているだけだったのだから.私のやっていたことはストーカーと大差ない,というかそれ以下だったわけだ.
訴えられたら申し開きが出来ないレベル.
そう改めて思うと,ついため息が出る.


当たり障りのない応答をしつつ,ちらちらと眺めて弱点はないかと探ってみるが,どうにも文句のつけようがない.委員長,君は女を見る目だけは確かみたいだよ.
礼儀を欠かない程度の親しみやすさ,可愛いけれど清潔感もある服装,なによりも作り顔でない笑顔を絶やさないことが人のよさを表している.私がどす黒い心で必死に彼女のあら探しをしているなんて,疑いもしないんだろう.おまけにどうやら料理も上手いときた.

思うに,料理という分野について,「完成品を作る」という結果を出すことだけを考えるならば,初心者だって上手に出来る.本を見てその通りにやればいいだけなのだから.
では作りなれた人とそうでない人の差はなにかというと,それは手際だ.野菜を切るコツや,作業の順番.短時間で数種類のものを作れるのは,その行程が当たり前のように頭に入っていて,いつどのタイミングでどの動きをするかを組み立てることができるからに他ならない.
そして長篠ともはの動きには----無駄がない.私のみる限り,手馴れている人の動きだ.

ここまで来るともう反則だよなあ,と二回目のため息が漏れる.


「名前先輩?どうかしました?」

「あ,いや,なんでもない.大丈夫」

「……あの,今日会ったばっかりなのに,こんなこと聞いちゃって失礼かも知れませんけど」

そう小声で言って,す,と身を寄せる長篠ともは.
私は思わず身構えてしまう.まさかキミ,自分の恋の応援を私に頼むつもりなんじゃないでしょうね?

だがしかし,その口から発せられたのは,予想外の言葉だった.



「先輩は雲雀くんのこと,どう思ってますか?」

「へ?」

「勝手な印象でお気に触ったら申し訳ないですけど……お二人が一緒にいるところを見ると,凄くお似合いって感じですから.雲雀くんが女の子と仲良くするのも珍しいし」


なにか期待をこめているような目つきで,ぴんときた.
この子は私と委員長の仲を取りもとうとしているのだ.多分,というか間違いなく,委員長のために良かれと思って.
人生最大の余計なお世話にがっくりと肩を落としそうになりつつ,ここを切り抜けられる答えを探す.


「で,でも,委員長は長篠さんとも仲がいいじゃない」

「それは,昔からの幼馴染ですから……それに,先輩がたの感じとは違いますよ.なんていうか,そう,私にお兄ちゃんがいたら,あんな感じだろうなって」

「お……お兄ちゃん……なんだ」

「そうです.きっと雲雀くんも,兄妹みたいに思って親切にしてくれてるんじゃないかな」


この会話を委員長が聞いてなくて良かった,と心底安堵した.
長篠ともはの中では,委員長は恋愛感情からとても遠い位置に固定されてしまっているらしい.
私は心の中で合掌する.哀れな委員長,君の思いは間違った方向で受け止められているようです.

それにしても,私が兄を他人のように好きになっている一方,長篠は他人を兄のように思っているなんて,皮肉な話だ.

この調子では委員長に勝ち目は薄そうだが,私は彼のためになんとかフォローを試みる.


「いや,でも,それは昔から知ってるから,そういう風に見れないだけかも知れないし……改めて考えてみたら,男としていいなって思うかもしれないよ?」

「ええ,そうですかねえ?」

「そう,ほら,見た目は女の子に騒がれるくらいだし」

多少なりとも事情を知っている女の子は怯えて騒ぐどころではないが.

「勉強も運動もできるし,喧嘩も強いし」

その強い喧嘩を吹っかけまくるところが問題だけど.

「風紀委員長で草壁くんとかにも慕われてて人望もあるし……」

まあ,友人って言うより,完璧に部下って感じだけどね.


……何故私はこんなに必死になって委員長を無理に褒めちぎってるんだろう,だんだんむなしくなってきた.
何か心のなかで言い訳せずに褒められる美点はないか,と懸命に頭をめぐらす.委員長のいいところ,いいところ……

ふと,さっきクローゼットでパニックに陥った私を落ち着かせようとしてくれたことが頭をよぎる.


「……そうだ,それに,意外と優しいところもあるしね!」


そう顔をあげて言った瞬間,ちょっとあっけ取られたような顔をした長篠と目が合って,委員長のために熱くなっている自分が急に恥ずかしくなった.何をやっているんだろう私は.
一気に赤面する私に,長篠ともはは満面の笑みを向けた.


「先輩は雲雀くんをそんな風に思ってくれてるんですね.良かった.なんだか私まで嬉しくなっちゃいます」

「え,あ……」


私がむきになって委員長の長所をあげたことは,「私が委員長に好意を持っていることの表れ」として受け止められたらしい.違う,違うんだ,私は長篠に委員長に対する恋愛感情を持ってもらおうと思って必死だっただけなのに.

ここからどう収拾をつけようかと苦悩する私をよそに,長篠は「そろそろ完成ですね」と言って,出来たての煮込みハンバーグを皿に盛り,ダイニングへと消えていった.

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あきゅろす。
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