Interlude(嵐のまえの?)


「天は人の上に人を作らず,人の下に人を作らず.しかし私の鼻の下に痛みを作った」

「開口一番,一体なんなの」

「でもさ,諭吉先生はこのあと,『でも実際の世の中にはいろんな格差があるのは何故だろう,それは学んで賢人になるか学ばないで愚人になるかの差だ,だからみんな勉強しましょう』ってなことを続けてるんだよね.いやぁ,良いこと言うなあ.
時に委員長,私は鼻をかみすぎて鼻周辺がとても痛い.鼻風邪を引いたみたいだ」

「前置きが長い」

「これカシミアティッシュだなんて大きく出るから期待して買ったんだけど,一定数以上かむとやっぱり鼻は痛くなるね.カシミア破れたり」


ずび,と鼻を鳴らす名前.
鼻風邪でぼうっとしているのか,いつもより饒舌だ.
僕の話を聞いているんだかいないんだか,好き勝手に喋り散らす名前の相手をするのも面倒くさいし,菌を撒き散らされてはたまらないからさっさと帰らせようか,と僕は思案する.

鼻の頭を赤くした名前のほかにも,今日の応接室にはいつもと違うところがあった.
それは,部屋に広がる香ばしい匂い.
その香りのもとをテーブルの上に発見する.


「珍しい,君が珈琲なんて」

「たまにはスタバが恋しくなるよ」

「そんなもの学校に持ち込んで良いと思ってるの」

「え.駄目なの?まあまあお代官様,一口どうぞ」


賄賂じゃないんだから,と思いつつも,差し出されたそれを何の気なしに受け取って一口飲む.
その瞬間.


「……!!が,がはっ」

「わ,ちょっと!吐き出さないでよ!」


汚いなあ,と言いながらティッシュペーパーを手渡す名前.
甘い,甘すぎる.なんだこの液体は.
僕は渡されたカシミアティッシュとやらで口を拭いながら,咳き込んだことでうっすら涙の滲む瞳で,名前を睨み付ける.


「僕に,一体何を,飲ませた,の」

「キャラメルマキアート,シロップ多め,ソース多めにカスタマイズ」

「新手のテロだ」

「美味しいのに」

「糖尿病で苦しむ君の未来が見えるね」

「大袈裟な.これくらいで」


そう言えばキャラメルマキアートってキャラメルシロップじゃなくてバニラシロップで作ってるんだって知ってた,などとけろりとした顔で言って,僕の恨めしげな顔など意に介する様子もない.
いちいち僕の言動に怯える奴らを鬱陶しくて仕方ないと思っていたけど,全然怯えないなら怯えないでそれは苛つくものなのだと最近知った.


「だいたい君,いつも紅茶は砂糖入れずに飲むじゃない.なんで珈琲だけそんな大惨事になるのさ」

「そう言われれば……子供のときからずっと砂糖無しで飲んできたからかなあ.紅茶に砂糖入れるのは,麦茶に砂糖入れるのと同じ感じがする」

「気持ちの悪い話をしないでよ」

「ホントにあるんだよ,麦茶に砂糖入れる家庭.友達が言ってた」

「君は友達付き合いを考え直したほうがいいね」


「否めないねえ」などと適当な返事をして,笑いながら膨大なカロリーを含有する液体を口に運ぶ名前.
本当にこの女は僕の前では特にいい加減な対応をする.ふつう逆だと思うんだけど.


「名前,口直しに紅茶」

「はいはい.ご主人様の仰せの通りに」

「君は『ご主人様』なんて柄じゃないね……ふわ,ぁ」


最近長篠たちのことにかまけてあまり寝ていないせいだろうか,思わず欠伸が漏れる.
するとそれに釣られたのか,名前もふあ,と大きく口を開いた.
思わぬ同調に,僕らは顔を見合わせる.
悪戯を見つかった子供のような気まずそうな顔をする名前.


「でっかい口」

「そっちこそ」


そう言って,どちらともなくくすくすと笑い出す.
午後の応接室に,しばらく僕らの笑い声が響き渡ったのだった.



……そのころ,部屋のドアの外で,
「委員長もお変わりになられたものだ」
としみじみ笑い声に聞き入る草壁哲也の姿があったとかなかったとか.


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