She's cosmic!(彼とあの子)



公園での一件以来,僕と名前はよく言葉を交わすようになった.
それまでは,定例のミーティング以外では,風紀の仕事の最中に事務的な会話を交わすくらいだったが.
今では,他愛無い学校の話やニュースの話,そして……長篠や名前の兄についての話も.

彼女は思い人が実の兄であるという事情から,僕はこの町における自分の立場から,今までそういった話を誰にも明かすことはできなかったから,
「何も隠さなくていい」
と思える相手と居ることは,随分気が楽だった.
別に群れたかった訳ではないけどね,断じて.

こんな風によく話すようになる前は,別に名前の内心に等興味はなかったし,僕も僕の事情を話してやる義理などないと思っていたから,込み入った話はお互いに避けていた.
だから名前の事情に対する僕の感想は,せいぜいが,「実の兄が好きだなんてドラマの見すぎじゃないか」程度だったのだけれど.
いつもどこか人を食ったような態度の名前が,兄への想いを語るときに見せた意外なほどの真剣さに,なんだかすっかり茶化す気も失せた.
僕が言うのもなんだけど,兄と長篠を引き離そうとするときのあの異常な行動力も,あそこまで執着しているのならば頷ける.


そんな彼女はいま,珍しく仕事に手間取っている.
今日やらせているのは量は多いが単純な,紙媒体の情報のデータ化にすぎないのだが,どうも入力ミスがどこかにあっていつまでも計算が合わないらしい.
応接室でパソコンに向かい,呻きながら四苦八苦してミスした部分を探している.

別に今日中に終わらせなきゃいけないものでは全くないんだけど.
でも,僕は名前にそのことを教えてやる気はさらさらない.
苦労している彼女を見るのは珍しいし,それを眺めているのもなかなか面白いから.

もうしばらくかかりそうだな,と判断した僕は立ち上がって,

「校内の見回りに行ってくるから.戻るまでに終わらせておいてね」

と告げる.

「……なるべくごゆっくり,お願いします」

と言う名前のげんなりした顔に見送られ,僕は応接室を出た.


のんびりと放課後の校舎を歩く.
いつまでもだらだらと残っている生徒がいれば一掃してやろうと思うものの,最近は誰も彼も僕を見ただけで蜘蛛の子を散らすように逃げ帰ってしまって,つまらない.
そんな中,そういった動きに反して,僕のほうに寄ってくる生徒がいた.


「……長篠」

「雲雀くん!風紀委員の仕事中?」

「まあね.……いいの,一緒にいた友達が帰ってくみたいだけど」

「あ,大丈夫,後で追いかけるから.雲雀くんは怖くないっていつも言ってるのになぁ」


ちょっと誤解されやすいだけなのにね,と微笑む長篠.
結局僕の噂は彼女の耳に届いてはいるみたいだけれど,思ったとおり彼女はそんなことには頓着していないようで,僕は胸を撫で下ろす.

なんにせよ,ここで偶然会うとは丁度いい.僕は「例の男とはどうなってるの」と探りを入れる.


「先輩のこと?ご心配なく,仲良くしてるよ!」

(そう,非常に残念だよ)

「雲雀くんはいっつも真っ先に先輩のこと聞くね!そんなに応援してもらえるなんて嬉しいな」

(ちがう.全然ちがう)

「でも,雲雀くんだって最近,苗字サンってひとと仲が良いんでしょ?そっちの話も聞きたいよ」

「……は?」

「苗字名前さん,3年生の.最近よく一緒にいるよね?」

「なんで長篠がそんなこと知ってるの」

「だって目立つよ,二人でいると凄く.なんかちょっと近寄りがたい雰囲気で」

「近寄りがたい?名前が?」

「あっ,悪い意味じゃなくてね!凛としてるっていうのかなぁ,空気が違う感じ」


凛としてる.
今応接室で画面に向かってだらけた格好をしながら,うーとかあーとか呻いているあいつがか.
とてもそうは思えないのだが.

……いや.
今でこそああだが,最初会ったときや,こんなふうに軽口を叩くようになる前はあんなくだけた姿は見せていなかった気もする.
よくよく思い返してみれば,もっと堅い雰囲気で,愛想が無いというわけではないが,ある程度以上の干渉を拒むような――――どこか壁をつくっているような印象だった.
なるほど,あれが彼女の「外向き」の顔なのか.


「……まあ,そう見えることもあるかもね」

「わぁ,意味深.やっぱり苗字サンといい感じになってるんだ」

「それ,本気で言ってるの?」

「だって雲雀くんがあんなに誰かと親しくするの,今までなかったじゃない」


それは全部長篠のせいなんだけど.
どうしてこう鈍感なんだろう,まああまり鋭すぎても僕が困るのだが.
目の前のお気楽な娘はいやに楽しそうに,「頑張ってね,私も応援するから」と勝手に話を進める.
……頭が痛い.


「でも苗字サンってなかなか手強いみたいだよ.ほら,綺麗だから結構モテるらしいんだけど,今まで誰の告白もOKしたことがないんだって,噂になってる」


それはそうだろう.
名前の努力は全て兄に向けられたものだということを僕は知っている.
それで他の男が釣れても,彼女にとっては迷惑なだけだろう.
そんなことも露知らず彼女に懸想した男どもを哀れに思って黙っていると,長篠は急に慌てだして僕の顔を覗き込む.


「ごめん,落ち込んだ?でも私は雲雀くんなら大丈夫だと思ってるよ!並んでるとお似合いだもの」

「……あのね長篠,僕はそう云う……」

「あ,もう友達が校門のとこ歩いてる!ごめん雲雀くん,そろそろ行かなきゃ追いつけなくなっちゃう!」


続きはまたあとでね,とにっこり笑って,長篠は玄関へ駆けていった.
完全に誤解をされたま,励まされて終わってしまった.何をやっているんだろう,僕は.

なんだか見回りを続ける気力も失せて,僕は応接室へと戻る.
ため息をつきながら扉を開けると,顔を歪めて僕を見上げる,名前の姿.


「……なに,その顔.僕が帰ってくるのがそんなに嫌だったの」

「なんでそんなに帰りが早いの?嫌がらせ?」


情けない顔をしてパソコン画面と僕を見比べる.
ああ,まだ仕事が終わっていないのか.「戻るまでに終わらせろ」という僕の指示に馬鹿正直に従おうと悪戦苦闘していたらしい.
変なところで素直なんだかなんなのか,善く判らない女だ.

早く終わらせないとケーキにありつけないよ,と僕が告げると,
「え,今日ケーキがあるの!?」
と途端に元気を取り戻す.
……この女のどこが近寄りがたいって?
周りの人間は一体何処を見ているのだ.


「ほんとうに現金だね君は.草壁の差し入れだよ.冷蔵庫にあるから,持ってきて」


そう教えてやれば,なんていいひとなんだ草壁君,と言って立ち上がる名前.
その途端,床に数枚散らばっていた書類を踏んで足をとられたらしい,体のバランスを崩して転びそうになった.
僕は思わず腕を伸ばして支えてやる.

ああ,まただ.
公園での時といい,何故この女を無意識に助けてしまうのだろう.
長篠に対して守ってやらなければ,と思うのとは全然違う.この女は放っておいても,どんな状況下でも根性で生き抜いていけそうなのに.


僕を見上げた名前は,恥じらいを見せる様子もなくにっと笑って,
「……委員長って結構優しいとこあるよね」
と舐めたことを云うのがまた苛つく.


こんなのと仲間意識なんて僕が持つはずがない,ただ利用価値があるから助けてやっているだけだ.
善意で助けたりなどしてやるものか.

そう誓う,春の午後だった.



*タイトルはJamiroquai「Cosmic Girl」の歌詞から.Sheがどっちを指すかは,ご想像におまかせします.

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