The Tooth and the Nail(彼女と彼の奮闘)…2


しまった,見落としがあったか,と出て行こうとすると,委員長に肩を捕まれて押しとどめられ,手で口をふさがれる.
振り返ると人差し指を唇の前にあてる委員長.
静かにしろ,ということか.

聞き耳をたてていると,どうやらカップルではなく,若い男だけのようだ.しかも,かなり数が多い.
さっきは見かけなかったから今来たばかりなのだろうが,こんな夜に男の集団が何の用があるというのか.
不審に思っていると,彼らは兄さんたちの居るほうを指差しながら,とんでもないことを話しはじめた.


「おい,見ろよ,あのカップル.すげえ上玉じゃね?」

「また男ボコって,女だけ連れ込むか」

「あぁ?今こっち歩いてきてるやつか?」

「この前の女より良さそうだぜ」

「っかあ?まだガキじゃね?」

「バーカ,だから楽しいんじゃん」


下卑た笑いが辺りに響く.
こいつらが何をやろうとしているか,私にもようやく判った.
カップルを襲って女を慰みものにする下種野郎どもか.話し振りからすると,それも一回や二回ではなさそうだ.

兄たちをこんな奴らの餌食にさせるわけにはいかない.
いや,兄だって運動神経は良いし,それなりに武道の心得もある筈だが,多数を相手に突然襲われたらどうなるか判らない.

すぐ横で息を潜めていた委員長の顔を見ると,同じことを考えているのが一瞬で判った.

私たちはざ,と立ち上がり,野蛮な男どもの前に立ち塞がる.


「あのふたりに手は出させないよ」


そう言ってトンファーを構える委員長.
途端にぞわ,と彼が居る側の体表にに鳥肌が立つのを感じる.

……これが,殺気,というやつか.

殺気を感じる,なんて,そんなものは絵空事だと思っていたが.
いざこうして体験してみるとはっきりと判る.
私には向けられていないはずなのに,動物的な本能で感じる,「ここにいたくない」と思わせる圧迫感.

男達は私たちの突然の出現にしばし戸惑っていたようだが,すぐにそのなかのひとりが,なんだ子供じゃねえか,と言ってにやにやしながら前に出てきた.
やれやれ,この馬鹿どもは野生の勘まで鈍ってしまっているらしい.


「威勢がいいねえ,ガキのくせに.こわーいお兄さんたちに歯向かうとどうなるか,学校で教えてもらえなかったんでちゅかー?」


男の巫山戯た物言いに,後ろの集団から笑い声が上がるが,委員長の殺気を無意識にうっすらとは感じ取っているのか,あまり覇気がないように思える.


「おっと,よく見りゃこっちの譲ちゃんもなかなかの上玉じゃねぇか.まずこっちを頂いてから,向こうの女もヤらせてもらおうかねェ」


おれが女押さえてっからおめーらは男砂にしとけ.
そう後方の集団に言い捨てて,そいつは私にゆっくりと近づいてきた.
一方,指示を受けた烏合の衆はざ,と委員長を取り囲む.


砂にしとけ,か.できるものならやってみるがいい.どうなっても知らないよ,私は.


私のほうに歩いてくるにやにや笑いの男は,「あれー?震えてるねえ?怖くなっちゃったのかなー?」と反吐が出るような猫なで声を出す.
私は俯いて男が目前に来るまで待ち――――
彼が目の前ぎりぎりまで近づいて私の顔を覗き込もうとした瞬間,その股間を力いっぱい蹴り上げた.

男は声にならない悲鳴を上げて悶絶し,地面に倒れこむ.
もちろん最初に下を向いて震えてみせたのは演技だ.
私は委員長と違って,喧嘩に関してはごく一般的な女子中学生だ.大の男にかなうべくもない.
だから思い切り,卑怯な手を使わせてもらう.

私はそのまま転がり続ける男に対し,急所を押さえる手の上から数度,体重をかけて蹴りを入れる.すると男は気を失ったらしい,白目を剥いて動かなくなった.これで一丁あがり,と.


委員長のほうを見ると既に乱闘が始まっている.
人数が多いため状況ははっきりとは判らないものの,月夜に照らされたトンファーがうなりをあげ,男達が次から次へとなぎ倒されていくのだけは確認できる.もう最初にいた数の半分くらいになっているだろうか.
見る限り心配は要らなさそうだが,武道の達人が素人を相手にする場合でも,一対多数になると相当厳しいという話を聞く.
私ではあまり足しにならないかも知れないが,微力ながら参戦しよう.

手近にあった大きめの石を拾って,委員長に後ろから殴りかかろうとしていた男の後頭部を殴りつける.
ごろりと転がった男に,後ろから襲い掛かるとは卑怯なり,と怒鳴りつけてもう一撃喰らわす.
その目が「お前こそ」と言いたげだが,今の私は卑怯を専売特許にしても許される立場だ,文句は言わせない.

普通に肉弾戦をしたのでは勝ち目がないから,私は鞄に石を手早く詰め,遠心力のまま振り回す.
委員長の圧倒的な強さのせいだろう,男達の目はほとんど委員長だけに集中しているから,これが意外と善く脳天に直撃し,面白いくらいごろごろと倒れていった.


あっという間に,眼下には屍の山(いや,生きているけど)が広がっていた.
集団のほとんどをひとりで倒した委員長は,あれだけの人数を相手にしながら,息ひとつ乱れていない.怪我もないようだ.
ほんとうにこの男を敵に回さなくてよかった.


ふう,と息をついたその時.
突然,後ろから攻撃的なうなり声が聞こえた.
振り返ると,一番最初に倒したはずのにやにや男が腕を振りあげて私に襲い掛かってくるところだった.しまった,とどめが甘かったか.
身をひねって避けようとするが――――だめだ,間に合わない!
とっさに腕で頭を防御して目をつぶり,痛みに供える私に,しかしその衝撃は襲ってこなかった.

がきん,という金属音に目をあけると,黒っぽい血にまみれて輝きの鈍くなったトンファー.
それが私を守っている.

驚いて委員長を見上げると,彼も自分が助けたことに驚いたような顔をして私を見ていた.
そのまま委員長は男のほうを見もせずに,トンファーを横になぎ払って殴り倒す.
今度こそ,にやにや男はぴくりとも動かなくなった.


委員長がこんなふうに私を助けてくれるとは.
若干めんくらいつつも,危機を乗り切ったことでどっと汗が噴き出し,体の力が抜ける.
助けてもらったことに謝辞を述べると,委員長は戸惑った様子で「……いや」とだけ言った.


そういえば,兄と長篠は今どうしているんだろう.
本来の目的を思い出した私が慌てて見に行くと,ふたりはこの騒ぎを何も知らない様子で,平和そうにゆっくり歩いてくるところだった.
ちょっと鈍いにもほどがあるんじゃないか,こっちとしては助かるけれど.それとも二人の世界に入り込んでいるということか.

この死屍累々の状況に気づかれては面倒なことになるので,その辺りで見つけた立ち入り禁止の立て看板を拝借し,男達が倒れている道の前に一時的に置かせてもらう.

看板の後ろで委員長と肩を並べ,乱闘で荒くなった息をなるべく殺してふたりの様子を伺っていると,彼等は無事に何にも気づくことなくそこを通り過ぎていってくれた.
ついさっきまでここで阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられていたことなど,彼等は思いも寄らないだろう.
ふたりが仲睦まじく会話をしながら公園を出て行ったのを見届けて,私はようやくその場にへたりこんだ.



「……作戦,終了,かな?あとは,もういいよね……」

「……ああ.長篠の家はここから直ぐだから,もう心配いらない」

「……おつかれ,さま」

「……お互いにね」



会話の前に点々が多い気がするのは,まあ,今の働きで肉体的にも精神的にもぐったりしているだから仕方ない.
それにしても長い一日だった.

さっき助けてくれたのちょっとヒーローみたいだったよ,そう言ったら委員長はどんな顔をするだろう?
十中八九,不機嫌そうな顔で黙り込むだけかな.長篠ともは以外のことには興味なんてなさそうだから.


ふだんなら有り得ない体験が続いて頭がハイになっているせいか,私はそんな愚にもつかぬことを考えながら,黙って空を見上げる.
足元に気を失って転がる男たちがいるなか,他人の血の匂いをぷんぷんさせる風紀委員長の隣で見る星空は,ちっともロマンチックではなかった.





【To Be Continued……】


*タイトルは,バリンジャーの小説から.「必死になって」という意味です.


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