The Tooth and the Nail(彼女と彼の奮闘)…1


苗字名前,15歳.
只今,人生二回目の尾行中.
ターゲットはふたたび――――兄と,長篠ともは.


周囲が夜の闇に包まれているおかげで,前回より楽に身を隠して追跡できる.
私の人生の青写真のなかに「誰かを尾行する」なんて項目は一切なかったはずだが,こうして探偵もどきの行為をするのも既に二度目なのだから,人生判らないものだ.
うら若き乙女が一体なにをやっているのだろうと,時々ふと冷静になって泣きたくなるが,そこはなんとか目をつぶる.なるべく冷静にならないことにしよう.

そっと傍らを見上げると目に入る,鋭利な瞳.
私の視線に気づくとこちらを見下ろして,なに,と口の形だけで問う.私も声を出さずに,なんでもない,と口の動きだけで伝える.


そう,尾行がやりやすいのには,委員長が一緒だということもある.
ひとりで追跡していた時には身を隠す場所や距離感をうまく捉えられずに相当疲労したものだが,委員長は完全に気配を殺しつつ,苦もなくベストポジションを次々に移動していく.私はその黒猫のような動きについていくだけだ.
心強いことこの上ないが,こんなことがナチュラルに出来るなんて,普段一体どういう生活をしているのだろう.
この男を敵に回さなくて良かった,と心底思う.


前方にいる兄と長篠ともはは,やや街を大回りして家へ向かっているようだった.時間も遅いから,どうやらどこかに寄るつもりもないらしい.デートというよりは,単にふたりで遠回りをして帰宅するというところか.
ふたりの距離は相変わらず.ただ楽しそうにお喋りをしながら,ゆっくりと歩いている.


「……このまま行くと,何事もなく帰りそうだね」


私が委員長に身を寄せて,限りなく小さな声で話しかけると,彼も私の顔に口を近づけ,答えを返す.吐息が耳にかかってすこしくすぐったい.


「そうだね,長篠の家もそろそろ近くなってきてる.……いや,」

「どうしたの」

「このまま行くと……公園に差し掛かる」

「何か問題が?」

「……風紀が乱れてるんだ.先回りするよ」


そう言って音もなく駆け出す.私はいまひとつ状況が把握できないながらも,慌てて委員長の後を追いかける.
越してきて間もない私は土地勘もないから,ここで見失ったらきっと目的地に辿り着けない.

しかし,ちょっと足が速すぎるんだけど.
みるみる遅れだした私を振り返った委員長は舌打ちをして戻ってきて,今度は私の手をぐい,と引っ張り走り出した.
表面的な態度には腹が立つが,なんだかんだいって面倒見のいい男だ.


そう長くは走ることなく,その公園らしき場所にたどり着く.
私はすぐに,委員長が「風紀が乱れている」と言った意味を理解した.
一見人気がない公園のようにも見えるが,すこし目をこらすと,そこかしこの物陰に,若いカップルの姿.
兄と長篠とは違い,ただ歓談するだけではなく,その先まで……人によってはかなり先まで進んでいるようだ.
都心あたりの夜の公園では珍しくもない光景だが,この平和そうな街でもこんなふうだとは思わなかった.


「定期的に部下を見回らせているんだけど,なかなかこういう輩が後を絶たなくてね」


苦々しい顔で委員長があたりを見回す.


「兄さんは引っ越したばかりでここに来たこともないから,この状況を知らないんだと思う」

「長篠もだよ.きっと何も知らずに突っ込んでくる.まわりの奴らに感化されて変な気でも起こされたら一大事だ」

「私の兄さんは,ムードに流されてそんなことをするような人じゃ,ない,よ……」


そう信じてはいるが.
兄だって一応年頃の男の子なのだ,100パーセントないとは言い切れない……と思うと,私の反論の歯切れも悪くなる.
委員長はそんな私の気持ちを見透かしたようにちらりとこっちを眺めて,

「ここにいる草食動物たちを追い払う.全員」

そう断言した.


「お,追い払う?」


なんて乱暴な,と驚いた私が足を止めて聞き返すのにも反応せず,トンファーを構えてずんずんと歩き出す.
本気で追い出しにかかる気なのか.

そんな彼の後姿を見て,私はぎゅ,と拳を握った.
公園は広い,躊躇している時間はないのだ.何に代えても兄を取り戻す,そう決心したじゃないか.

ひとつおおきな深呼吸をして,心を決める.

委員長に駆け寄って,


「私は反対側からやるわ.中央で落ち合おう」


と言い残してそのまま彼を追い越し,公園の反対側に回った.

あとはもう――――やけくそだ.


まず目に入ったカップルの目の前まで行って,こらあ,と大声を出す.
目を丸くして固まる恋人達.まさかこんな邪魔が入るとは思ってもなかったのだろう.こっちだってこんな邪魔をするとは全然思っていなかった.ほんとうに申し訳ない.


「ただちにここを立ち去りなさい,でなければ軽犯罪法違反で通報する!」

「は,はあ?」

「もしくは公然わいせつ罪か,そうでなくとも条例違反だ!あと三秒で通報する,いち,にい,」

「わ,わかったわかった……」


がさがさと音を立てて退散するカップル.
我ながら無茶苦茶だが,勢いさえあれば人間なんとかなるものだ.
恋人たちよ,すまないが今日ばかりは我慢してくれ.


その後も私はカップルを見つけ次第,片端から,なだめたりすかしたり脅したり騙したり,兎に角その場で私に出来る全力を発揮して,公園内から追い出していった.
こっち半分はあらかた排除したか,そう思って周囲を見渡すと,見慣れた黒い影.
委員長がこちら側に歩いてくるところだった.

私と委員長は片手を高く上げて,ぱん,とハイタッチをする.
向こうも無事にいちゃつくかカップルを追い出したらしい.……彼がどんな手段を使ったかは,あまり想像したくないが.

まあ,やった内容はともかくとして,初めての連携プレイだ.達成感を共有するのは悪くない.


「こっち半分も無事終わった.兄さんたちは?」

「さっき確認してきたよ.今丁度公園の入り口あたりだね」


目を凝らして入り口付近を見ると,確かに歩いてくる二人のシルエットが見える.
緑豊かな公園では,隠れる場所には事欠かない.
私たちは草木の茂るところを選んで,やや離れた場所から兄たちを見守る.


すると,兄たちとは反対方向の物陰から,別の話し声が聞こえてきた.




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あきゅろす。
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