Mission:Impossible(彼の共謀)…1


かたかたとキイボードを鳴らす,苗字名前.
そんな彼女の姿をここ応接室で見るのも,すでにお馴染みとなっている.

お互い協力しあうことを決めて以来,放課後この応接室でミーティングをするのが僕らの日課となった.
毎日お互いの得た情報の報告と,今後の対策についての話し合いをするためだ.
とはいえ,僕は僕で風紀委員としての仕事があり,ミーティングに割ける時間は限られている.

はじめは仕事が終わる目処がつくまで彼女を待たせていたのだが,
「ただ待っているより手伝って早く終わらせたほうがマシ」
という至極真っ当な理由で,最近はずっと僕の事務仕事の手伝いをしている.
部外秘の情報も扱っている関係上,委員ではない者に手伝わせるのは抵抗もあったのだが.
試しにやらせてみたところ,彼女は思った以上に優れた働きをしたのだ.

風紀委員の部下は草壁を除きほとんどブルーカラー向きの人間だから,デスクでの仕事を一手に引き受けていた僕にとって,苗字名前の存在は正直助かる.それに今や僕らは弱みを握り合う仲間なのだ,秘密情報を漏らしたり利用するようなこともあるまい.


だから今日も,彼女はここで仕事をしている.
これをチェックして問題点のピックアップをしておいて,と,書類の束を彼女に渡すと.
ばさり,とそれを鳴らして,うんざりした顔を見せる.


「なんで予算案がここに回ってくるの?」

「僕の決済が必要だから」

「……この学校では風紀委員会が生徒会の上級機関にでもなってるの」

「委員会がじゃなくて,僕がね」



彼女は天を仰いだあと,独任制の官庁じゃないんだから,とか,絶対に組織編成が間違ってる,とか,ぶつぶつ言いながら書類をめくる.


「五月蝿いよ,苗字名前」

「私をフルネームで呼ぶのやめてくれない,長ったらしい」

「じゃあ,名前」

「いきなり呼び捨てですか」

「君の苗字って,呼び難い」

「そう……か,なあ?」


初めて言われた,と呟きながら首をひねる名前.


「僕だって“委員長”って名前じゃあないんだけど.折角教えてやったのにもう忘れたの」

「じゃあなんて呼んでほしいの.“ヒバりん”?」

「咬み殺す」

「ストップストップ!冗談が通じないんだからなあ,委員長は」


慌てて書類を頭の上に掲げて防御の体制をとる名前はめげもせずに,イインチョオ,という巫山戯た発音で僕を呼ぶ.
まったく,これで有能じゃなければ(そしてあの男の妹という利用価値の高い立場にいなければ),今頃二,三発殴っているところだ.


数時間それぞれに作業をしたあと,彼女は立ち上がり,
「出来上がり」
と,プリントアウトした書面とデータの入ったUSBメモリを僕に渡しに来た.
僕の予想より作業が速い.
やはりこの女は人格には問題があるものの,使える人材だ.かといって,僕の風紀委員会の一員にするつもりは毛ほどもないけれど.
脛に傷を負った者同士,あくまで目的を達成するまでの付き合いに留めておいたほうがいい.

僕のほうは多少些細な雑務が残っていたけれど,急ぎの仕事ではないので,彼女にあわせて切り上げた.


いつものように紅茶を淹れさせ,まずは互いの情報の交換から始める.
澄ました顔で僕に正面から歯向かう腹立たしい女だが,淹れる紅茶だけは本当に旨い.

それにしても,毎度毎度話し合いを続けているわりには,碌な案が出てこない.
いつも仕事の後に会議を開始しているから,疲れているのもあるのだろうか.
ホワイトボードを引っ張り出して,お互いが出す案を書き出していく.


1.名前の兄を痛めつけて長篠に近づかなくさせる

「……」

「……そんなに睨まなくたってわかってるよ,名前」

「委員長ならやりかねない」

「まあ,こう云う状況じゃあなければね.でも,僕や風紀委員が手を出せば直ぐに首謀者が僕だって判明する」

「ともはちゃんにバレたら委員長の株は大暴落だもんね.壮大な自爆だ」


2.長篠を脅して兄に近づか(以下略)

「お.少女漫画の悪役みたいですねえ」

「却下」

「ちょっと,そのトンファーとかいうやつ出さないでよ.本気で言ってるわけじゃないんだから」

「君って本気と冗談の区別がつき難い」

「なんか,一人のときよりやり難くなってない?」


3.長篠より(あるいは兄より)魅力的な人を引き合わせて浮気させる

「兄さんより魅力的な人なんていません」

「長篠はそんなふらふらした子じゃないよ」

「っていうか,完全に本末転倒」


4.名前の兄の携帯をこっそり使って,「もう会わない」という旨のメールを長篠に送る

「うーん,悪さがどんどん増していくなー」

「同居人という君の立場を最大限利用した案ではあるけどね」

「でもいくら兄さんの端末の送信履歴を消しても,向こうに届いたやつは残るから」

「仮に僕が長篠の携帯の記録をなんとかできたとしても駄目だ.端末の情報をいくら削除しても,サーバにデータは残っているから,その気になれば調べられる」

「兄の携帯から送ったってことで犯行可能な人間は限られるから,私の嫌疑が濃厚になっちゃう.リスキーだね」


書き出すそばからバツ印がつけられていく.
はあ,とため息をついて腰をおろす名前.





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