Let's Get It Started(彼女の結託)…2


応接室の奥には,半分別室になったような形で,小さな給湯室があった.
冷蔵庫に水道,ガスコンロと設備は揃っており,小奇麗に使われている.
「そこにあるのは殆ど僕の私物だから,自由に使っていい」と言われ,勝手の判らない私はあちこち棚を開けたり閉めたりしながら道具を揃えていく.
茶葉はどれにするの,と尋ねると,しばし考える間があったあと,

「フォションのダージリン,ファーストフラッシュ」

と答えがあって,私は思わず口笛を吹きそうになった(もうすこし私のお行儀が悪ければ思い切り吹き鳴らしていたところだ).
棚にたくさん並ぶ紅茶の缶のなかから,お馴染みの金色の入れ物を取り出す.
ここでこんなものが飲めるとは思わなかった.

幾分機嫌を戻した私は,ケトルに水を入れ,火にかける.
冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターは海外のものだったため,使うのは水道水だ.
父が紅茶党であるため私も紅茶を淹れ慣れているが,やはり新鮮な軟水で飲むのが一番だと思う.
電気ポットの湯を使うなど言語道断だ.


お湯の沸騰を待つ間に,ティーポットとカップを用意するために,今度は食器棚に向かう.
ガラス張りの棚を覗くと,こちらも豊富に揃えられているティーカップ.
そのなかに見覚えのあるデザインを発見した.


(もしかして)


カップをひっくり返して確認する.


(やっぱり,ウェッジウッド!)


今度こそ,私はひゅうと口笛を鳴らした.
父の趣味で自宅に何客かあるウェッジウッドは,私も好んで使っている.
これもおそらく委員長の私物なのだろう.
いけ好かない奴だが,趣味がいいことだけは認めなければならない.

他のカップも気になり,なんとはなしに裏の表記を確認してみると.
青で描かれた二本の剣のマークに出会い,私は一瞬息を呑んだ.
見間違えようもない,マイセンのマーク.
しかも,現代マイセンでもないように見える.私はそこまで茶器に詳しいわけでもないから,はっきりとはいえないが,まさか……


「……マイセンの,アンティーク……?」


独り言のつもりだったが,この呟きは応接室にも届いていたらしい.


「へえ,君,そういうの判るんだ」


どこか感心したような声が届いてきた.


……否定しない,のか.
ということはやっぱり,これは本物なんだろう.

私はそろそろとカップを棚の奥に戻す.ひとつだって割ったら,私個人には弁償できない.
1客数万円どころの話ではない,下手をすれば100万を越える代物のはずだ.
中学生どころか,一般人ですらそうそう所有できるものではないカップを,こともあろうに学校で,日常的な使用に供しているとは……この街全体を牛耳っているという噂も,あながち真実からそう遠くはなさそうだ.
まあ,一時的ながらも味方となった今は,それはそれで頼もしい限りなのだが.

沸いたお湯でポットとカップを温めて.ゴールデンルールに忠実に従って,茶葉を蒸らす.
この茶葉でストレートなら,抽出時間は3分半が私の好みだ.
タイマーをセットして待つ間,応接室をちらりと覗いてみると,私にお茶汲みを申し付けた委員長が熱心に分厚い書類をチェックしているのが見えた.
ただ力にものを言わせているだけの人物かと思いきや,意外に頭脳労働もいけるらしい.私は彼に対する評価をすこしだけ変える.


淹れたての紅茶を二人分トレイに載せて,応接室に持っていく.
テーブルの上に積み上げられたファイルの隙間にカップを置き,私も反対側のソファに腰掛けた.
座り心地はいいし,紅茶もいい香りなのだが,いかんせん初対面がああだったものだから,若干の気まずさがあることは否めない.

お礼のひとつも言わず書類をめくりながらカップを口元に運ぶ委員長に,私は一応「熱いよ」と忠告をするが,まるで聞いてやしない.
こいつ本当に私と協力する気があるのか.
皮肉のひとつでも言ってやろうと思ったとき,一口紅茶を飲んだ委員長はやっとこちらを向いて,


「ワオ,美味しいじゃない」


と言った.
ワオってお前はどこの帰国子女だ,という突っ込みも忘れて,私は目を丸くする.
この男からそんなお褒めの言葉が聞けるとは.
驚いて私が委員長の顔をまじまじと見つめていると,彼は不機嫌そうに眉をしかめて,なんだっていうのさ,と私を睨み付ける.


「いや,委員長でもひとを褒めたりするんだな,と思って」

「……君は僕のことを何だと思ってるの」


不機嫌そうにふい,と横を向いてしまうその仕草は,まるで拗ねた子供のようで.
傍若無人な彼のイメージとのギャップに,ついつい笑いがこみ上げる.
くすくす笑い出した私をさも気味悪そうに眺める委員長がますます面白い.
「さっさと始めるよ」と書類を置いて私に向きなおるのを見て,私はお腹に力を入れ,なんとか笑いを止める.


……兄の突然の告白を聞いて以来,こんなふうに自然に笑ったのは久しぶりな気がする.
この男は,思ったより悪い奴でもなさそうだ.


同じような境遇で忸怩たる思いを抱いている人間は私だけではない,そう思うだけですくなくとも慰めにはなる.
それは,所詮傷の舐めあいにしか過ぎないのかも知れないけれど.
それでも私はやはり,この男の存在に,すこしだけ救われるのだ.


(揚雲雀なのりいで,)
(なべて世は事も無し)


そうかもしれないな,
なんて呑気に考えながら.
広い部屋のなか紅茶の香りに包まれて,私は彼と話しはじめた.







*タイトルは,Black Eyed Peasの曲から.


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