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僕が死んでその亡骸に花が咲くのなら


俺でも分かる有名な作曲家の曲を自らの曲のように慣れた手付きで演奏するローデリヒを横目で見ながら、紅茶を手に取った。

誰が作曲したのだっただろうか。
タイトルは何だった?
あぁ、この紅茶俺が好きな銘柄だ。
あれ、何て名前だった?

色んな記憶が欠落しだしているのを最近悟った。
親しかった奴等の名前が分からなくなったし、この前なんか最悪だ。
ヴェストのことが分からなかった。
あんなに可愛がってた、の、に…?
あれ、ヴェストって誰だ。
まぁ、いいか。
もう俺は終わるのだから。

記憶が欠落していく中、只唯一。
ローデリヒのことは忘れなかった。
確実に色濃く記憶に残そうと、無意識にローデリヒとの思い出を記憶に繋ぎ止めていたみたいだ。
それなのに。
それも限界に近づいてきたようで、記憶はセピアを帯ながら色褪せてきた。
少しずつ、少しずつ、楽しかった日々が溶けて無くなっていくような感覚。
争いばかりの俺に優しくて温かい感情を芽生えさせたのは、他の誰でもない彼奴なのに。

「ギルベルト?」

目元の涙を彼奴に見えないように拭い、ティーカップをソーサーに戻しつつ立ち上がった。
カップに残る冷えてしまった紅茶が虚しく波紋を作った。

「それじゃぁ、俺はもう行くぜ」

どうせ俺は今日で終わるだろう。
記憶を無くし俺という自我はなくなるのだと思う。
だけど、その前に。
ローデリヒの顔を見ておきたかった。
それは、忘れたくないための最後の悪あがき。
そして、忘れて欲しくないという最後の願い。

「ギルベルト、何処に行くのですか?」
「…別に、家に帰るだけだぜ?」
「嘘ですね」

言わないでいたのに、何でバレてんだよ。
扉の前まで移動し、ローデリヒを見ると未だピアノ前に座っていた。

「……なぁ、ローデリヒ。今、世界は良くなろうとしているな」
「そう、ですかね」
「人々が今求めているのは平和だ。争いしか出来ない俺には、少し居辛い」

自傷的に笑ってみせると、ローデリヒは今にも泣きそうな顔をした。

「何のために生まれて何のために戦ってきたのか、自分でもいまいち分からない。それでも、俺はお前に会えて良かったと思ってるぜ」
「…私も。私も貴方と会えて良かった、貴方、と、出会え、て…っ」

本格的に泣き出してしまったローデリヒを見てられなくて背を向けた。
本当に良かった。
生まれてきて、彼奴と会えて。
ずっと共に居たい、と思うけれどそれは叶わぬ願い。
俺にはもう彼奴の涙を拭ってやる時間さえない。

「ローデリヒ!この世界は争いの少ない良い世界になるぜ!幸せな世界に!」

もし俺達が。
争いばかりのあの時代ではなく、これからの争いの少ない世界に出会えてたのなら。
俺達はもっと長い時間を共有しながら共に居れたのだろうか。
ずっとお前の傍に居れたのだろうか。
それならば、とても幸せだったのにな。

肺に酸素を多量に取り込んで、声を張り上げる。

「我は、プロイセン王国ギルベルト・バイルシュミット!自我が消えようともお前達が覚えてくれていれば、俺が消えてしまうことはない!」

だから、忘れないでくれ。
頭の片隅でいい、小さな記憶でいいから忘れないでくれ。
俺が居た事実を。

「この御馬鹿さんが、貴方のことを忘れるわけがないでしょう」

その言葉に、ローデリヒを見ると涙を拭って微笑む彼奴が居た。
最期に見たのが泣くお前じゃなくて、笑ったお前で良かった。
小さく微笑み返してから、ドアノブを掴んだ。

「じゃぁな」
「…えぇ、それじゃぁ」


そうして、ドアノブを捻り部屋を出た。
小さな声で彼奴が俺の名前を呼ぶのを聞きながら。





(最後まで残っていた記憶は、)

(呆れたように笑う彼奴の笑顔だった)






end!
普消滅話です。2月25日は命日だよってずっと言ってました。ギルが好きです。まぁ、いいか。で済まされるヴェスト涙目^^;





title→彗星03号は落下した



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