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朧げな幼い記憶にもその忍の姿があった
常に俺の側にあった

幼き時は早くして亡くした両の親の代わりに、そして武将と為った今は戦忍に、そして只、側にいてくれた



時が経つにつれ、その忍への思いは淡いそれになりその気持ちは果たして何時からかなどと考えることもままならぬ位に当たり前に為っていた

それが、日常だからだ




「旦那から誘ってくれるなんて嬉しいねえ」
「本当か?嬉しいか!」
「そりゃあ祭って行ったら俺様が連れていってたし」
旦那は外の状況に疎いからね、と忍は優しく笑った
「佐助は忙しかったからな。その間に団子を買いに城下へと度々訪ねて知った」
「旦那に団子買わせる日が来るなんてねーごめんね旦那」
「何を謝る!佐助がそのように働いてくれるから上田は平和なのだ」



それは確かな話だった
国同士の状況は芳しくなく、僅かな隙があればいつ攻め入られてもおかしくなどない程に緊迫していた

上田は忍衆の働きにより祭が出来る程に安定している
それこそが民の求める国ではないかと信じているからだ


「旦那の力だよ。上田が平和なのもこうして民が笑えるのも、さ」

そして俺様もね、とその橙は言う
もしかしたら俺が本当に守りたいものは、…酷い矛盾だと考えを捩じ伏せる
考える意味もないのだ

手に持った赤い飴をちろりと舐めた






「佐助ぇぇ!あれが食いたいぞ」
「はいはい、結局俺が旦那の面倒みるのね」
「ん?何か言ったか?」
「いーえ何もないですよっと」


人が増えてくる
ざわりざわりと笑い声が響く

「どうやら御輿が来るみたいだねって、うわっ!」
「佐助!?」


「退いた退いた!御輿が通るよ!」

人の波に拐われてゆく佐助の手を必死に掴む
そして其のまま御輿とは逆の方向に走り出す


「ちょっ、旦那御輿はいいの?」
「良い!」


まだ梅の花の咲く頃だと言うのに握りしめた手にはじっとりと汗が滲んだ

其れでもその手を離す気はな毛頭無かった







「はあ、旦那も足速くなったね」
「佐助こそ鍛え方が足らぬのではないか」
「うわっ旦那ひでえ!」

祭の喧騒は少し離れた所にあった
此処は小高い丘



「で、旦那はどうして此処に来たのさ」
「なぁ佐助、昔もこうして御輿から逃げなかったか」
「昔?あぁそれはまだ小さい弁丸さまが泣き出すからでしょ」
「…あの頃は怖かったのだ。もう今は違うぞ!」
「はいはいわかってますよ、」


泣き出した俺の手を引いて佐助は今しがたの俺のように此処に来た

その時は見れなかったのだ




ひらりと橙の髪に舞い落ちる花びら


「桜…?」
「此れを佐助に見せたかった」

今年の祭の時にちょうど咲くと、何年も何年もこの樹をみてやっと一致した日


「此れを…俺に見せる為に?」
「あぁ。佐助にどうしても見せたかったのだ」






「どうしよう…凄く、嬉しいかも…」


握りしめた手に力が籠った

忍の瞳が揺れる



嗚呼、





ひらひらひらひら零れ落ちる



手を引き寄せて其のまま唇を寄せた




「だんな、っ!」




忍の唇は思った以上柔らかくて甘かった




「好きだ佐助、」
「や、俺は忍なのに…」
「構わぬ。好きだ」
「…馬鹿。」















本当に只々佐助を愛していた
其だけだった






大きな戦を控えていた
忙しそうに走り回る忍の邪魔はしないように俺は書物を読むようにしていた
何より戦が近い
余計な負担は佐助にかけたくなかった

その夜も机に向かい淡々と指南書を読んでいた


「旦那、」
「佐助ではないか。どうした」


どうしたと問えば困ったようにその眉を寄せた

「旦那の声が聞きたくなったんだよねえ」

変なのと苦笑した忍の頬に触れる
疲れたような目元が痛々しかった

「ごめんね戦の前なのにこんな我が侭」
「構わぬ。お前は働きすぎだ。少し息抜け」

橙が揺れた
唇を近づけられて、寸前で止まる


「一回だけ、でいいからさ、」


少し掠れた声
忍の睫が震えた


「俺の名を呼んでくれない…?」



咄嗟に抱き寄せたその体を只、力いっぱいに抱き締めた




「佐助」

頼まれなくとも幾度だって呼ぶ
その名がなければ俺は息が出来ぬのだから

「佐助、佐助、佐助」


表情は見えない
だが忍はゆったりと微笑んだように思えた




「有り難う旦那」

しゃらり、俺の六文銭が音を立てる

優しく笑った忍は瞬く間に消え去った







其れが佐助の声を聞いた最後だった














どうして気付く事が出来なかったのであろうか
忍の微妙な変化に気付けなかった主など主失格だ

そして何より佐助の気持ちを理解出来なかった俺が不甲斐なくて悔しい




知っていたのだ佐助は。この戦に勝つためには自分の命を犠牲にしなくてはならないと、だからもう生きては帰れぬと




幾度四季が巡ろうともその気持ちは晴れはしなかった

だがもう鳴らぬ六文銭がまた響く時を待ち続ける事が出来た

そして佐助と過ごした時を忘れないと言うことだけが誉れだった










目を瞑ればひらひらと、その気持ちは未だに舞い続けるのだ







To be continued…








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