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痛みをも孕んだ過去

後悔も自責も今でも消えた訳ではない
何故あの時佐助を救うことが出来なかったのか
何故佐助の意を汲み取る事が出来なかったのか

出来すぎた忍と気付く事のできなかった主

謝ることすら出来なかった

ちくり、ちくりと胸を刺す


だから、だからこそ


忘れてはならぬのだ
忘れぬ事が過去の罰なのだ

俺だけが覚えているその意味はそうでなければ壊れてしまいそうだったからだ







「まぁ、適当に座ってよ」
「お邪魔致す…」


小さなアパートの二階


それが佐助の家だった


「はい、お茶。」

柔らかく湯気の立つそれをゆっくりと口に含み飲み干す

高ぶった全てがストンと落ちていった


「落ち着いた?いきなり泣き出すから何かと思ったでしょ」
「すまぬ…家にまで上がり込むつもりではなかったのだが」
「まあこれは俺の好意だから気になさらず」

と、いうか何かよくわかんないけどアンタはほっとけないんだよねぇ。と苦笑した


お世辞にも広いとは言えない部屋であったが綺麗に整頓されていてあまり狭さを感じない


そして、気付く


「一人暮らし…か?」
「え?あぁ、良く気付いたねー。ってこんなアパートじゃわかるか」

一人分の食器に一人分の布団、玄関の靴も佐助の靴と思われるものしかなかった


「俺様さー親いないんだよね。ていうか知らない?」
「知らない…とは?」
「そのまんまだよ。生まれてすぐ捨てられた、らしい。そんで孤児院で過ごした、らしい。」

何の感情もこもらない声
それは自分のことを語るには不自然なまでの曖昧な語り方

「らしい、とはどういう事なのだ」
「アンタ初めて会った筈なのについ、ぺらぺら喋っちゃうんだよねぇ。何か違和感あるし」


そしてぽつり


懐かしいんだ。と零した



喉元まで何かがせり上げてきた

俺にはそれが何なのかは解らなかったが、酷く胸が痛かった


「話がずれちゃうね。とにかく俺様はあくまで聞いた話を話すしかしようがないんだよ。だって覚えてないんだから」

何とか喉元の言葉を呑み込み、困ったように笑った橙をみた

「覚えていないとはどういう事なのだ?」
「そのまんまの意味。正確には二年前からの俺の記憶は一切ない。事故に合って記憶喪失。一切覚えてないんだ」

あまり賢い方ではない自分の脳がついてこれていないのが解った
当たり前だ。佐助に会えただけで破裂しそうだというのにこの様な複雑な生い立ちまで処理しきれる訳がない


ぐるぐる回る頭の中でふと、またあの過去を思い出した


(そういえば、忍の佐助の生い立ちは俺は一切知らぬのだった)





「俺様の過去?うーん旦那に話すような事じゃないよ」
「何故だ?俺は佐助の全てが知りたいのだ!」
「…さりげなく旦那凄く恥ずかしい事言ってるってわかってる?」

噂は沢山耳にした
佐助は親がないのを忍の里に拾われたとか、罪人の子を貰い受けたとか、とにかく様々だ。
だから俺に会う前、佐助はどのように生きて来たのか、知って居たかった


暫し、佐助は考えた後ゆっくり口を開いた
「やっぱり幾ら考えても旦那に言うような過去じゃないよ」
「しかし、佐助」
「俺はね、旦那。そんな過去より今旦那と共に過ごしてる時間が好きなんだ。だから旦那には旦那と過ごす俺様を知っていてくれれば良いの。それが、猿飛佐助だから」

ね?と佐助が笑った






「佐助は、辛いのだな」
「辛い?まさか。だって今は何一つ覚えてないんだ。親に捨てられたとか一切覚えてないんだから辛い筈ないでしょ!二年前から俺は全く違う俺になったんだ!そんな過去俺はっ…!」


堅く握り締めた佐助の拳に手を置いた

「佐助は、辛かったのだな」
「だから…」
「たった一人孤独で、不安だったのだな」

碧の瞳が揺れた


それは、例えようのない孤独


記憶はない、しかし親も居ない
支えとなるものが一つもなくて、何にも縋れない
周囲の哀れむ視線すら痛みでしかなかった

だから、切り離す
そんな過去は全部聞いた話、だから違う


そんな気持ちは自分も痛い程良くわかった


孤独



誰も覚えていない
自分だけが知っている過去
知っていると信じている過去


頼れるのは自分だけ

でも曖昧で、不確かなそれにただ孤独だけを感じていた


「…本当は寂しかったんだよ。誰からも必要とされない、そんな存在」


泣きそうな顔をしてもなお、泣くことはないその表情を俺は良く知っていた



ぐい、と引き寄せた佐助の体を抱き締めた


「…え、」
「俺が佐助を知っている。今此処にいる佐助だ。」

少しだけ抵抗をしつつも僅かに預けられた佐助の体をしっかりと抱き締める

「どういう…」
「過去など俺は知らぬ。だが目の前の佐助を俺は知っている。その佐助が笑わなくては意味がないのだ」


「…はは、意味わかんない、」

そして佐助は俺の肩にゆっくり顔をうずめた


佐助は泣いていなかった

でも泣いていた


「ごめん、暫くこのままにさせて…?」





日もゆっくりと傾いた









「なんか結果的に俺様が迷惑かけちゃったね。」
「構わぬ!佐助の事ならば幾らだって迷惑をかけろ!」
「ホントアンタは面白いねー。うん、なんかすっきりしたよ有難う」

「うぬ!」


「あ、」
「なんだ?」
「アンタはやっぱり笑ってた方がいいよ。」


太陽みたいに笑うんだね、と小さく呟いた


そういう佐助は橙の空に混じって優しく微笑んだ





きっとその橙が今も昔も変わらず俺を笑顔にさせるのだ






To be continued…




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