36.5度
※現パで大人松永に大学生慶次です
松永さんとケンカ、をした。
くだらない、ほんとうにくだらない事で。
松永さんのマンションを飛び出して外に出てみれば生憎の雨。ケンカして飛び出た時の雨は在り来たりなシチュエーションだけど、本当に自分がその立場に立つとやるせないような最悪な気分になった。
大粒の雨が容赦なく自分に降りかかる。ほんと、さいあく。ばか。松永さんなんてきらい。
いくら居候でいいから側に居させて、と自ら頼み込んで松永さんちに居候しているとはいえ、やはり恋人同士なのだ。なんかもっとこう、優しい言葉とか記念日みたいのとかやりたい。
けど、現実は仕事に忙しい松永さんとぽつり、家に一人ぼっちの俺。
テレビをつけても寂しい、本は好きじゃないし(松永さんの本は特に難しいし)、大学なんて半ば遊びだからレポートとかもない。
だから松永さんの部屋のこの家に一つしかないベッドの中で松永さんの帰りをただ待つだけ。さびしいよ、って言えたら楽なのに。
でもいつも我慢できたんだ。だって松永さんに子どもだって呆れられたくなかったから。黙って帰りを待ついい子で居たかったから。
でももう限界。
今日は一日家に居た松永さん。けどパソコンの前で永遠とキーボードを打ち続けている。一週間振りに側に居れるっていうのに松永さんはこっちを一回もみない。裾をひっぱった。さびしいよ、松永さん。そう言いたかった。
なのに松永さんはひらりと諭吉さんを床に落として言った。
「暇なら外にでも出てきなさい」
ぷつん、こんなに怒ったのは初めてかもしれない。
とりあえず思いつく限りの悪態をついた。側にあったリモコンとかクッションとか投げれるものは全部投げた。
そこまでしてやっと松永さんはこっちを向いた。ああ今日初めて目が合った。
「…なんでかまってくれないのさ。なんで俺の側に居てくれないの。なんで優しく仕事終わるまで待っててとかいえないの。……なんで俺をみてくれないの」
自分でなんてわがまま言ってるんだろうって思った。松永さんはおとなだから仕事もある。ニートみたいな俺とは違う。でももっと優しくしてくれればいいんだ。…ちょっとでいいのに。
松永さんは俺を瞬き一つせず見つめていた。呆れているのか怒っているのかわからない表情だった。松永さんはおとなだから感情も出さない。俺みたいにかんしゃくを起こしたりしないんだ。
「言いたいことはそれだけかね」
静かに綺麗な低音が言った。きっと別れを告げる、そう感じ取った。
聞きたくない。ききたくないよ、松永さん。そうして俺は雨の中飛び出してしまった。
雨足は相変わらず、むしろひどくなってる気がする。そうだ、俺の心に比例してるのかもしれない。
ショーウインドウに映る俺の姿は捨て猫よりぼろぼろだった。
松永さんは俺を綺麗だと言った。確かに俺はもてるし顔は悪くないと思ってる。そう、顔だけ。
きっと俺は松永さんが大事にしてる陶器と変わらないんだ。美しいから愛でる。それだけ。飽きてしまったらつまらないもの。
それに俺は陶器よりずっと面倒くさいと思うし。陶器は文句も言わないし寂しいなんてわがまま言わない。
ぐちゃぐちゃに濡れた髪が首筋にへばりついて気持ち悪い。お気に入りのコンバースの靴は雨と泥でぐちゃぐちゃ。視界は雨で霞んでよく見えない、きっと雨だけのせいじゃないけど。
もういやだ。松永さんなんかだいきらい、きらいきらいきらいきらい、松永さんなんて、きらいなのに、きらいなのにでも、
「あいたい…よ」
もう、会いたい。捨てないで、側に居させてわがままいわないから。ねぇ、
「全く、卿はそんなにずぶ濡れでどうしたいのかね」
え。うそ。
振り向くと真っ白なベンツから覗く端正な顔。少し呆れ顔だった。
「まつな…がさん?」
「早く乗りなさい。風邪をひく」
「なんで、」
なんで来てくれたの?
言葉がひっかかって喉元から出てこない。俺は捨てられちゃうんじゃないの?
「もうおれのこと、いらないかとおもった。」
「そんなこと一言も言っていないが。」
「でも、おれ、」
「慶次」
松永さんは笑った。他の人ならわからないくらい小さく。でもおれはわかった。松永さんは笑った。
「私が卿を手離すとでも思ったのかね」
「まつながさ、…っ!」
おれは松永さんに抱きついた。ぐしょぐしょに濡れたおれの体を松永さんは抱きしめてくれた。シートも松永さんのスーツも濡れてしまったけど、松永さんは何も言わなかった。
松永さんのマンションに帰ればあったかい風呂がもうあった。なんて用意がいいんだろう。すごいや。
しっとりと濡れた俺の髪を松永さんが柔らかい真っ白なタオルで水滴を拭う。一言も会話を交わさない。けどすごく幸せだった。
と、幸せに浸りながら辺りを見回すと投げたリモコンが破壊されて床に散らばっていた。ついでに松永さんのコップとかも。…うん、いたたまれなくなってきた。
背後の松永さんをちらりと横目で見てみる。
「ねぇ、俺ってやっぱりめんどくさい?」
そう呟くと松永さんは即座に答えた。
「そうだな」
「返答はやいなぁ」
でも自分でもわかってる。まるで女の子みたいにめんどくさい男だって。もっとかまってほしいとかそんなことばっかり考えてる。これで女の子だったら可愛いのに。
ああ松永さんに出会ってから俺は恋する乙女みたくなってしまった。違う、松永さんの前だけ。
あからさまに落ち込んだ声を出したら松永さんはまた呆れ顔になった
「君は一から十まで伝えなければわからないのかね全く」
「そういうのがめんどくさいんでしょ…」
「君はそうやってすぐに拗ねる。話は最後までききなさい。」
「はぁい」
「君は確かに面倒くさい子だが私が嫌だと言った事が一度でもあったかね」
「ううん」
「つまりそういう事だ」
「…え、ちょっと待って全然わからないよ」
とうとう松永さんは呆れたという表情から信じられないという表情に変化した。
「君はもっと本を読んだ方がいいな」
いいかね、一度しか言わない。そう言って松永さんのテノールが耳元で囁いた。
「私は君がいいんだよ、慶次」
かあっと顔に血が昇る。なんだよ。こんなんだから俺はずっと側に居たいと願ってしまうんじゃないか。一生離れられないと思ってしまうんじゃないか
「俺はもう松永さんが嫌だって言っても一生くっついてまわるよ。わがままだしめんどくさいままだけどでも一生はなれないよ」
「初めから覚悟していたが」
抱きついてみたらちゃんと抱きしめ返してくれた。うれしいうれしいうれしい、だいすき
きっと明日からはまた忙しい毎日の始まり。松永さんの帰りは遅くて俺は大学に行って一人この家で帰りを待つ。また寂しいって呟く夜がやってくる。
でも今だけはこの温度を抱きしめていたい。そうしたらまた頑張れるから。あなたをだいすきだという気持ちが消えずにいられるから。
ほら、魔法の言葉。
「ねぇ、俺の名前を呼んでよ」
仕方のない子だって松永さんが笑う。
ああ、だいすきだいすきだいすき、あいしています
36.5度
(やわらかな あなたの温度を 狂おしく 愛していたから)
song by
why 加藤ミリヤ
やわらかな傷跡 Cocco
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