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「旦那、」


忍失格だなあと思う
よりによって主にこんな気持ちを抱くなんて厚かましいにも程があるだろうと

でもアンタが名を呼んでくれる時は何時だって只の猿飛佐助になっちまうんだ


本当は抱き締めて欲しい、口付けて欲しい、そう溢したい


嗚呼はらはらと






最後の瞬間まで、猿飛佐助は真田幸村を愛して居ました、と


ずっとずっとずっと、ねぇ旦那、…





ちゃらり、













そして目が覚めた


ちゃらちゃらと鳴る首の銭が妙に響く


そして見慣れた低い天井がぼやけていて、




気付く



「あれ…?何で俺様泣いてるんだ…?」

溢れる涙の訳がわからなかった
酷く悲しい夢をみた気がする
そして懐かしくて、幸せだった


只、あの紅が脳裏に焼きついて離れなかった







「ふふ…どうしたの?」
「!?」
その声に驚いて布団を跳ね上げた


いつの間にか部屋の中にいる漆黒の長い髪を揺らす少女



「何だアンタか」


「悲しい夢でも、みた?」
「…」
「市はね、毎日見るよ、悲しい夢。でも幸せなの。だって夢に見れるなら忘れないから…」



その少女の名はお市


2年前の事故の時記憶障害の事で精神病棟にいた事があった
その時に知り合った


市はさすが病院通い、って所で一言で言うと、可笑しい


彼女には前世があって、常にそのことを気にしている

彼女曰く、彼女は魔王の妹だから自分の血は穢れていて根絶やさなくてはならないらしい
そして、最愛の人が怒っているから早く早く成し遂げ無ければならないらしい



『其れでも市は待ってるの…早く市を見つけて叱ってくれるのを』





「うふふ…とうとう貴方にも来たのね」
「…俺様にも良く判らないんだ。ただ凄く、幸せな気分」
「うふふやっぱり。…あの紅いのはなぁに?」
「え?」


部屋を見渡すと端にぽつりと置いてある紅い布


「あぁこれは昨日の…」
鉢巻き、のようにも見える。恐らく昨日のあの男の髪留めだろう

「此れがどうしたって?」

「…貴方にはちゃぁんと虎子が迎えに来てくれるのね…羨ましい」


にぃ、と市が珍しく笑った
そしてゆっくりと立ち上がり市は扉を開けた

「今度はノックしてから入って来いよ」

返事は聞こえないまま扉は閉まった



「やれやれ」

市は余り話が通じない
何時だって夢の世界の住人だ

市は苦手なタイプだけれど嫌いではない
精神病棟の時から世間のように俺を憐れみの目でみたりはしない
まあ市曰く、「前世はもっと悲惨だった」かららしい


市の話は退屈しない
空想癖だとは判っていてもリアリティのある前世話は中々の退屈しのぎになる
面白いのは前世でも市と出会っていたという話
俺様もちゃんと話の中に居るのが何となく好きだった
只、俺様の話は余りしてくれなかったが


退院して通うのも止めたが、未だに市は俺を訪ねてくれる
あぁやって突然居る事が大抵だが
忍者みたいな奴だなって言ったら貴方こそ、と真顔で言われた







そういえばとぎゅっと握りしめたままだった髪留めに気付く

返さなくちゃなとぼんやり思った
市の話は突拍子もない事ばかりだけれど、でも何か繋がりを信じてしまいそうだった彼との出会い

どうしてあんなにも懐かしいのだろうか


いや、きっと2年前の知り合いなんだ。向こうが忘れているだけだと

そう、思う事にした












走る度にふわりふわりと跳ねる後ろ毛が気になる
髪留めを無くしてしまったらしいあれがないとどうにもいけない
遥か昔からあれがあると気が引き締まるのだ




『まぁた旦那は忘れものして』
『すすすまぬ…』
『ほら、額当て』


皺伸ばしといたからねーと渡された額当て








「未練がましいぞ!」
自分で叱責して足取りを早める



ふ、と眼下にゆらゆら揺れる漆黒が見えた


(お市殿…)
魔王の妹君だった彼女もやはりここに居たのか



恐らく向こうからすればは只の通行人、きゅっと目を閉じ其のまま走り去る









「今度こそ…手離したら駄目だよ…?」


「!!」



咄嗟に後ろを振り向く


しかし其処には既に何も居はしなかった

















朝の支度を終え今日は何をしようか考えていた所に、

勢いよく玄関の戸が開いた



「佐助ぇぇぇぇぇ!!花見に行くぞ!」

「あ、アンタ」



ちょうど良かったと髪留めを手渡す

この人は嬉しそうにそれを受け取った
「かたじけない。ここに置いていってしまったのか」
「あ、アイロンかけといたよ。なんか皺出来ちゃってたし」
「さ、佐助…」
「ん?」


キラキラと輝く瞳が感激に満ちていた
「やはり佐助は佐助だ!」
「は、い?」
「良く出来た奴だ。俺は嬉しいぞ!」




この人も中々変わった人種らしい
だがもう嫌な気はしなかった





「そうだ、目的を忘れる所であった。花見に行くぞ!」
「花見って…俺様なんかと見て楽しい?」
「なに馬鹿な事を言う!佐助と見るから楽しいのだ!」




途端、顔が赤くなるのが自分でも判った

この人…恥ずかしい!


「さぁ佐助、行くぞ!」
「え、わっ!」



引かれた腕が何となく懐かしくて六文銭と共に胸がちゃらちゃらと踊った



「待ってよ、旦那!」



不意に口から零れた言葉
驚いたように俺様を振り向くこの人



「え?あれ…」

何で旦那なんて、てか旦那って何だ旦那って!







「…何だ、佐助」

そう、旦那、は笑った




きっとこの人はそう呼ばれるのを待っていたんだと、直感した




市の笑い声が聞こえた気がした







舞い散る桜の美しさとやけに熱い掴まれた腕がむずかゆくて嗚呼ひらひらと、












To be continued…











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あきゅろす。
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