3/7 こんなことがあってたまるか、心の底から叫びたい。 事の発端は今から数十分前にさかのぼる。山本がるんるんと機嫌良さげに鼻歌なんか歌いながらコートを着込んでいるのを、ちょうど通り掛かった獄寺が発見したときだ。 「何してんだよ」 「お、獄寺」 獄寺が声を掛ければ、振り向く満面の笑顔。なんだってコイツはいつもこう楽しそうなんだと獄寺は思うが口には出さない。なんだかんだでこんな山本を好いているからだ。 「今から出掛けるのな!」 「…どこへ?」 「えーっと…街?」 「わかんねぇよ」 獄寺ははぁ、と溜め息をついた。どうやら山本は行き先も分からない外出に浮かれていたようだ。どうせまたあのヴァリアーのロン毛に誘われたからこんなに喜んでるんだろうと容易に想像がついてしまったのが悔しい。正直気に入らない獄寺である。 「何しに行くんだ?」 「えーっと…スクアーロの…」 「(やっぱり…)ロン毛野郎の?」 「て、てぶくろをかいに?」 「そんなタイトルの絵本、昔読んだような気がするぞ!!?」 びし、とツッコミを入れるがむしろそんなことはどうでもいい。 問題なのはその買い物に山本がついていくということだ。 (あのロン毛野郎…何考えてやがる…!) 獄寺は髪の毛一本ほどもあの銀色の鮫を信用していなかった。突然現われて横から友人(獄寺としては友人という言葉では言い表せない感情も含んでいるのだが)をかっさらわれたのだから。 そこで獄寺の良い頭脳はひとつの結論に結び付いた。こいつらを一緒にさせておくわけにはいかない。手を尽くしても、スクアーロに好き勝手させまいと獄寺はひとり心に誓った。 ただの嫉妬とは分かっていても。 「おい野球バカ」 「ん?」 「俺も行く」 「ほへ?」 ベルの野郎が追いかけてきてウザイんだよ、と言うと(それは事実だし)山本は困った顔で笑いながらも頷いてくれた。よっしゃ、と心の中でガッツポーズ。 「たまにはベルとも仲良くしたらどうだ?」 「けっ、いいんだよ。それよりもう行くのか?」 「あぁ。スクアーロが下で待ってると思う」 二人そろって階段を降りて行ったときのスクアーロの表情といったら、獄寺が内心ざまぁみろとほくそ笑んだほどの一品だったらしい。 そして今。 スクアーロは声を大にして言いたいのだ。 「こんなことがあってたまるか」 と。 半日程の休みが貰えて、意気揚々と山本を外出に誘ってみたまでは良かった。てぶくろを買いに…というのは嘘ではない。スクアーロは何枚か替えの手袋を持ってはいるのだが、この前ザンザスに投げられたワインの入ったグラスを受けとめた際にワインがかかって臭いが取れなくなってしまったのだ。そんな理由はあるけれど、やはり本音を言えばただふたりで外出したかっただけであって。 それだから今頃スクアーロがいるはずだっただろう山本の隣りを陣取って、喧嘩腰の会話を成立させている自分と同じ髪の色の少年に無意識のうちに殺気がわいてきていた。 (なんでこの爆弾小僧までいるんだよぉ!) 少し前を歩く年下の少年を見ながらスクアーロは泣きたくなった。これじゃあまるで子供ふたりを買い物につれてってやる母親のようなポジションだ。間違っても恋人の位置関係ではない。 楽しそうに話してる山本を見るのは嬉しいのだが、その話してる相手が自分でないことに苛立ちを隠せない。 なんだか獄寺が意図的に(実際意図的である)山本の気がスクアーロにいかないようにしているのだと思ってしまう。スクアーロのイライラも限界に来ようとしていた。だが。 「スクアーロ?」 その時、ふいに山本が振り向いた。 スクアーロは慌てて殺気を消して山本に向き直る。突然のことに焦っていたので、横で獄寺が眉をひそめて悔しげな顔をしていたのには気付かなかった。 「何だぁ」 「イタリアの街って人多いのな。はぐれちまいそう」 だから、な?と照れくさそうに笑う山本に何の事だかわからなくて首をかしげると今日は手袋をしていない右手を掴まれてギュッと握られた。 「へへ、こうすれば大丈夫なのな!」 そう言ってにかっと笑って。 スクアーロは驚きと喜びがないまぜになった気持ちで指を絡ませている右手に触れる温かさを感じる。もうすぐ成人だというのに幼い子供のような体温。 そして、気づいたらさっきまでの苛々がこんな簡単なことですっかり解消されてしまっている。そんな単純な自分に呆れながらスクアーロはこっそりと笑った。 その後すぐに山本が獄寺の左手を握って(獄寺は最初は嫌がってたが結局山本に押し切られた)、三人仲良く山本を挟んで手を繋いで歩くことになってしまったのだが… (まぁいいか…こんな日があっても) 獄寺の手も握ってるのが多少勘には触るが、山本が楽しそうなので今日だけは許してやろうとスクアーロは思う。 自分たちが回りからどんな風に見られてるとも知らずに、やたらと目立つ上に空気読めない(読まない?)三人組は、仲良くブティックの立ち並ぶ市街地を闊歩するのであった。 |