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ふたご
「ピアノ、弾かないの?」

お風呂から上がると、先に出ていた彼が机に楽譜を並べていた。少し濡れたくせ毛が、オレンジがかった照明に照らされて輝いていた。

「貴方が聞きたいのでしたら、弾かせていただきますよ」

髪を撫でると、1つの楽譜を持って立ち上がる彼。甘やかされたい気分ではなかったらしい。アップライトのピアノには、椅子が2つ用意してある。気まぐれな人が、僕が練習を終えるのを待っている時の為に使われるのだ。

「この曲でいいんですね?」

「うん、これがいい。今日は綺麗な夜空だからね。」

確かに、彼のお気に入りの店で夕飯をいただいた帰り、空をよく眺めていた気もした。あれは、手を繋いで歩くことが恥ずかしいからなのだと思っていたのだけれど、どうやら間違いだったようだ。そうだと決めつけていた自分が恥ずかしくなって、入りの演奏が雑になってしまう。そこからはもう、夢中になって楽譜を追った。

彼が聞いてくれている、ということが嬉しくて終わった余韻も忘れて振り向くと、当の本人は窓の外を眺めていた。その姿に少し悲しくなったものの、薄い月光に照らされる横顔が美しくて機嫌が治る。

「ちょうど、君が弾き始めた時に大きな雲が抜けたんだよ。その曲、実際どんな境遇の中生まれたのかなんて知らないけど、すごくロマンチックだよね。心地の良い雰囲気を作り出してくれる」

そんな気がすると言って彼は僕に手を伸ばした。ありがとうと言って、僕を抱きしめた。

「もう知ってると思うけど、僕って我が儘なんだ。」

知っています。その我が儘が貴方の可愛いところだと僕は思っていますが。と口に出すことをせずに返した。

「形に残るプレゼントは、さっき貰ったから…」
次は、残らないけど欲しいと思うものを僕にちょうだい?

ゆっくりと体重をかけられる。いつものことだけれど、抵抗はしない。明日に表れるだろう背中の痛みが彼の愛情だというのなら、僕は喜んでそれを受けとるから。

「ありがとう、颯人」

今日は名で呼んでくれる日なのか、その度に目を反らしたくなる、嬉し恥ずかしというのはこんな感じなのだろうか。

そんなのは、
こちらの台詞なのに。




目が覚めた時体は体温がうつったあたたかい布団の中にいた。横には反対を向いて眠る彼。その寝顔はあどけなくて、

「誕生日、おめでとうございます」

何回も同じことを言わないでくれと頼まれたから、昨日は一度に留めた言葉を吐き出してみる。誕生日を祝いたくて言いたいわけではなくて、ただ…

「ありがとう」

貴方の始まりの日を、僕1人だけが祝うことを許してくれて。

「ありがとう、ございます」

これからも、ずっとこんな時が過ごせたらいいのに、彼の細い髪に指を絡ませて頭を引き寄せる。抱きしめて眠るのが好きなのは、彼と僕の数少ない共通点。




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