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マネジメント


大学時代の先輩から久しぶりに連絡が来たかと思えば、なんのこっちゃとも言える話をされた。
アイドル美風藍は歌う為のロボットであり、そのメンテナンス担当をして欲しい。

なんのこっちゃだった。
けれど、興味が惹かれないわけがない。先輩は相変わらず頭のねじが何本か飛んでいるらしい。
お国も知らぬ所で、世紀の発明をしてそれを後輩とは言え関係の薄い俺にバラすだなんて。俺が、周囲に喋ってしまうとは考えなかったのか。
俺がその仕事を断るとは思わなかったのか。

引っ越し準備をしながら、俺はずっと美風藍について考えていた。
曲は数曲聞いたことがある。メディアへの露出が少なかったミステリアスアイドル。

それがソングロボだったなんて、そんな面白そうな話。
乗らないわけがないではないか。


***


仕事を辞めて、東京某所にある先輩曰くラボに向かう。
門に警備員。玄関にICカード。研究区画にパスワードまたは指紋認証位のセキュリティがちがちだと思っていたそこは何て事はないただの建物だった。
拍子抜けと言って良い位の申し訳程度のセキュリティ。こんな所に、本当にそんな高度な機械技術が詰まっているのか?
俺は、甘い汁にまんまと捉えられた昆虫なのではないか?
早まったと後悔が押し寄せてきた時、記憶よりも老けた先輩が現れた。

「藍の専属整備士になって欲しい」

なる気が無ければ、態々ここまで来たりしないと思うわけだが。
この先輩に、常識というものは通用しない。

特に言葉を返さずにいれば、先輩は思い出したかのように俺を建物へと招き入れた。
薄暗い廊下を歩きながら、先輩が俺を雇うに至った経緯を話してくれた。

なんというか、間抜けな話と言えばそれまでの話。

ソングロボが映画初主演に抜擢され、感情を学ぶうちに情報処理不良を起こし倒れた。

不思議なのは、アイドルだとか歌手の定義ではない。今まで露出が少なかったから成り立っていたプロジェクトを行き成り発展させ過ぎなんじゃないかという疑問でもない。

あれだけ人に似せられたロボットが、お抱えの整備も存在せず開発者のみで整備されていたということ

それだけだった。


そんな甘い体制が、億は軽く掛かっているだろうロボットを壊しそうになっているだなんて腹が立って仕方がない。馬鹿なんじゃないの。この間テレビで見た美風藍的に言えばこんな感じだろうか。
色々な感情が巡る中、俺が紡いだのは一言だけ。

「こんな面白い研究してるとか聞いてないんですけど」

だから機密事項だったんだってと言う先輩は、なにやら秘密結社の本部のような扉の脇にあるカードリーダーにカードをかざした。
それっぽいのだけれど、ショボく感じてしまうのは何故なのか。

凄いことをしているのに根本が弱いというか馬鹿な所を目の当たりにしてしまったからか。
それとも、

軽やかな音を立ててドアが自動で道を開く。
部屋に何層にも並べられた機械。それらに似合わないベッドには、今俺の中で最もホットな男が腰を掛けていた。

傍らには、如何にも家庭用のデスクトップが一台。

「遅い。ただのトイレの割には時間が掛かり過ぎだよ」

目の前で話す子供が、まさかロボットであると誰が疑うだろう。確かに人並み外れた容姿をしてはいるけれども
最近のアイドル事情を思い出せば、そこまで飛びぬけて美しいわけではないのか。

「そこにいるのは誰?」


「あれ、話してなかったかな?藍のマネージャーになる人だよ」

そんな話は聞いてないとかマネジメントとかガラじゃないという言葉を飲み込みながら、美風藍の観察を続ける。
不思議なことばかりだ。目の動きだとか発声だとか。
先輩は、俺の考えていたことが分かったのか、マネージャーもメカニックも似たようなものじゃないとかなんとか言っている。

こんな面白い研究対象を目の前にしたらメカニックでもスペシャリストでもマネージャーでもなんでも良かった。

「俺は笠田尚人。君のマネージャー兼メカニックになるっていう話で転職してきました。どうぞ宜しく」

言いたいことだけ伝えたら、俺の視線は先輩に映る。
美風が何やら言っている気がしたけれど、それよりも今は心の底から湧き上がるウキウキに支配されているものだからどうしようもない

「対象が一体しかないとはいえ、アンドロイドの初案及び計画と不具合処理と現状についての書類があるはずですよね。データ下さい。それと現段階の装備品一覧とメンテ状況一覧。あ、勿論マニュアルもね。まさか無いだなんて馬鹿なこと言わないでしょう?」

目の当たりにして分かったこと。
これはソングロボというべき代物じゃない。

美風藍はアンドロイドである。




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