孤独な月を 神は笑った
DUE
『隠れてないで出て来たらどうだ?雲雀恭弥に六道骸。こそこそするのは性に合わないだろう』
不意に頭の中に声が響き、雲雀と骸は驚いて大きく肩を揺らした
『ずっと見ていたな。何か訊きたい事でもあるのか?』
くすくすと人を苛つかせる笑い声が頭の中で聞こえ、雲雀は隠れていた茂みからがさっと身を出した
「…最初から気付いてたの?」
『当然』
グロリアの背中に話し掛けるのがなんだか癪に触り、雲雀は横に並ぶ
「何これ」
『見ての通り。魔方陣さ』
「そのくらい分かるよ。馬鹿にしないでくれる?」
初っぱなから敵対心剥き出しの雲雀に骸は内心苦笑した。彼はこういった事にはとことん向いていないというのに、何故この任務に着かされたのだろう
「グロリア、ではこれは何の為の魔方陣ですか?見た所随分大きいようですが」
雲雀では収集が付かなくなると判断した骸が、グロリアと雲雀の間に割って入る
『あの街を維持する為の魔方陣だよ。あの街にある建物は私が作ったからね』
話す間もグロリアは魔方陣をぺたぺたと触り、時折叩いて何かを確認していた
『昨夜子供が1人森に迷い込んだから、ここで朝になるまでここで保護していたんだ。
子供は悪戯好きだからな。落書きでもされていないか見に来たのさ』
グロリアの指差した方を見ると、下の方に洞窟の様に窪んだ箇所があった
『東西南北全ての方角に同じ様な魔方陣があって、4つであの街を維持している。
1つでも欠ければ崩れるからな。時々こうして自分の眼で確めに来ているんだ』
グロリアの話が事実ならば、あの大きさの街を、あれだけ大量の建築物を1人で作ったという事か
更に骸の幻覚の様に触る事もできるし、現に人々はあそこに住んでいる。どういう仕掛けがあるのかさっぱり分からなかった
「……じゃあもし、僕がこの魔方陣を壊したらどうなる?」
雲雀の唐突な疑問に、グロリアは口元だけで笑った
『ヒビを入れられるくらいならどうってことないだろうな。風化や魔方陣の薄れには長年耐えて来た。小さな傷程度ならすぐに修復可能だ。
…雲雀恭弥。おまえなら実際に破壊しそうだから敢えて言っておくが、この方陣は非常に脆いものだ。
本来なら8つの方角に備えるべき魔方陣を、わたし1人で維持するが為に半数に減らしている。その意味が分かるか?
1つ1つが非常に重い働きを背負うのだ。もしおまえが本気でこれを壊そうとして、
……そうだな、1/4も失えば、あの街は消え失せるだろうな』
雲雀達の身長を優に越える大きな魔方陣を見上げ、グロリアはどこか淋しそうに笑った。予想外なその答えに雲雀は何も言い返せずに、助けを求める様に骸を見た
「では、これと同じ物があと3つあるのですか?」
『正確には似た様な物が、だがな。あれらは大丈夫だろう。わたし以外の人間は近付けぬ場所にある』
「…もう1つ、伺っても?」
敢えてそう前置きを入れた骸は、やや間を置いてグロリアが返事をするまで、黙ってグロリアの横顔を見つめていた
『…なんだ』
「あの街にはお年寄りがあまり居ませんね。平均寿命が短いんですか?」
それは雲雀は気付かなかった街の違和感。老若男女揃っているかと思われた街は、良く見れば老人が圧倒的に少なかった
『…実に良い着眼点だな、六道骸。だがその疑問の答えはおまえの中にある。他人に無闇矢鱈と質問するのは感心しないぞ。
……強いて答えるとすれば、あの街の平均寿命は確かに極端に短い。それだけだ』
ざあぁっと緑の香り漂う風が吹き抜け、雲雀と骸が気付いた時には街の広場に居た
辺りをきょろきょろと見渡し確認するが、グロリアの姿はどこにも見当たらない
『シンディとミラに会いに行ってやれ、六道骸。おまえに会いたがっていたぞ』
二人の間に聞こえたグロリアの声はそれ以降脳内で響く事は無かった
「お帰りなさいませ、グロリア様」
グロリアが“城”に戻ると、庭の薔薇の世話をしているシャドウと鉢合わせした
『ただいま、シャドウ。魔方陣に異常は無かったよ』
シャドウの手元に咲く真っ赤な薔薇を一輪折り、その香りを嗅ぐ
『…あいつらに会った。魔方陣を見付けられてしまったけどね』
その言葉にはっとした表情を見せたシャドウは、グロリアのどこか影を落とした表情を見て固まった
『釘は刺しておいたから、彼らが直接壊す事は無いよ。だが、…そろそろ、覚悟が必要かもしれないね』
自分より随分低い位置に居るシャドウを見下ろす
ウサギの表情を読み取るのは難しいが、長年シャドウと共に生きてきたグロリアはその瞳が哀しみの色を帯びている気がした
『シャドウ。物事に永遠なんて無いよ。いつかは必ず終わりが来る。…わたし達も、準備をしようか』
一回りも二回りも小さな体を、両腕で包み込む様に抱き締める
温もりを感じないその体は優しくグロリアを抱き締め返した
グロリアの手の中で、紅の薔薇が枯れていた
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