孤独な月を 神は笑った
NOVE
「グロリア、お願い助けて!!」
グロリアが歩み寄ったツナは、端から見ても分かる程に顔を青くしていた。右腕の彼が小綺麗に整えているはずのスーツもよれて、威厳も品格も無い風体だ
「…何かあったのか、沢田綱吉」
「ランボが…、俺の仲間が敵対してるファミリーに捕まって、殺されそうなんだ…!!」
「それで?」
「俺らじゃ手も足も出せなくて…、でもグロリアなら何とかできるだろ!?」
グロリアに縋り着くツナはとにかく必死だった。グロリアが城に居ないのかと思い焦っていたので、余計に冷静な判断を下せなくなっているのだ
「少し落ち着け、沢田綱吉。そんなに慌ててどうする」
「でもッ、ランボが…!!」
「おまえ達のアジトに行こう。話はそれからだ」
ツナがグロリアを見付けた事に気付いた獄寺と山本も合流し、ボンゴレの屋敷へと向かった
獄寺の車に乗り込む直前、グロリアは城を振り向き見上げた。薔薇を手入れしてくれていたツキノワグマはもう居ない。直にあの薔薇達も枯れるだろう
この城も、1人で整備に奔走してくれたシャドウが死んでしまったのだから、このまま朽ちていくのだろう
わずかな間しか住めなかったが、“城”には思い入れが深い。長年使って来た家財道具も捨てて行くのは残念だった
お気に入りばかりを集めたあの部屋は、ちょっとしたコレクションのようなものだ。アンティークで価値の高い物もあるのに勿体無いと思う
しかしグロリアが残して行く物よりも、グロリアが成し遂げなければならない使命の方がずっと大切だ。1度だけ城を見上げて、グロリアは車に乗り込んだ
さよなら、と小さく呟いた声は、誰の耳にも届かなかった
ランボが捕まったとツナ達が知ったのは、相手から脅迫染みた声明文が届いたからだ
椅子にがんじがらめにされたランボの映像と彼らの声明は今朝屋敷に届いた。まだ11歳のランボは顔を涙でぐしゃぐしゃにしてツナに助けを求めていた
ボンゴレの雷の守護者とはいえ、まだ子供で成長途中であるランボが自力で敵の手から逃れるのは難しいと思われる。しかしツナ達も、ランボが囚われている以上手も足も出せなかった
そこで思い付いたのがグロリアだ。“魔女”であり不可思議な能力を持つ彼女なら、きっとランボを助け出せるだろうと誰もが思った
「…なるほど。要はランボを連れ戻せれば良いんだな」
「うん、…できる、よな?」
「当然だろう、このわたしを誰だと思っている。ただし、高くつくぞ?奴を助けるのは容易ではない」
「良かった…!!ランボが助かるなら、何でもするよ!!俺に、いや俺らにできる事なら何でも言って」
グロリアの言葉に安堵したように破顔したツナは、完全に安心しきった様子だ。しかしグロリアはそれを酷く冷めた眼で見ていた
「…何でも、か。大層な言葉は軽々しく使わない方が良いぞ、沢田綱吉。首が回らなくなるのはおまえだからな」
「…え?」
「しかし1度言った事を取り消す事はできないからな、約束は守ってもらう。
……ランボを助ける対価は“ボンゴレ十代目”の肩書きを貰おうか」
「なんだとッ…!?」
思いも寄らないグロリアの言葉に真っ先に反応したのは獄寺だった。他の守護者達も会議室に集まりツナとグロリアの会話を聞いていたのだ
とんでもない要求をされたツナは目を丸くしてグロリアを凝視している。グロリアはいつものように微笑して、ツナの大きな瞳を真っ直ぐに見返した
「そんな要求訊けるわけねぇだろうが!!十代目は十代目だけだ!!」
「そう吠えるな、獄寺隼人。“何でもする”と言ったのは沢田綱吉だろう?言葉通り、何でもしてもらおうじゃないか」
「だからって、てめぇなんかをボンゴレのボスになんてさせられるか!!」
「ほう、ならどうするんだ?ランボを助ける為に部下を何百人も無駄死にさせるか?あの小僧も一緒に殺されるのがオチだろうが、おまえ達がそうしたいなら好きにしろ。わたしは止めんぞ」
「くっ…」
「おまえ達では助けられないと分かっているからわたしの所に来たんだろう?だったら大人しく取り引きに応じたらどうだ。わたしの機嫌を損ねるのは得策ではないぞ」
横柄なグロリアの物言いに反論したくても、獄寺達は何も言い返せなかった。グロリアの言っている事が正しいと分かっているからだ
しかしそう簡単にグロリアの要求を飲むわけにもいかなかった。彼らはツナと共に戦う為に守護者になったのだ、グロリアの言いなりになる為ではない
誰もが口をつぐみ嫌な沈黙が降りる。しばらくしてから、難しい顔をしたリボーンが口を開いた
「…“十一代目”じゃなくて、“十代目”なのか?」
「ああ、そうだよ呪われし赤ん坊。わたしが欲しいのは“十代目”の肩書きだ。沢田綱吉が持つ権限の全てをわたしに貰おう」
「ボスが代わるんなら継承式やら何やら手続きが必要だぞ、時間が掛かり過ぎる」
「継承式なんぞやらなくて良いさ、生憎面倒臭い事は嫌いでね。御披露目パーティーも開く必要も、部下にわたしの顔を覚えさせる必要も無い。
沢田綱吉がドン・ボンゴレの座から退き、おまえ達守護者がわたしの指示に従うだけで良いさ」
さあどうだ、とグロリアが畳み掛けると、意を決したようなツナが視えた
「…俺が退いたら、ランボは絶対助かるんだよな?」
「この名に誓っても良い。わたしは人間と違って嘘は吐かんぞ」
「−−分かった。なら、ボンゴレ十代目の名をグロリアに譲る」
「十代目…!?」
「みんな、これからはグロリアの言う事に従って。みんななら大丈夫だって信じてるからさ」
「しかし、十代目…」
「…隼人、グロリアを色々助けてあげてね。ボンゴレの事よろしく」
「そうと決まったら荷物を纏めてさっさと出て行け、沢田綱吉。あの部屋をわたしに明け渡してもらおう」
高らかにそう言ったグロリア以外全員が、苦虫を潰したような険しい表情をしていた
†Before†
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