孤独な月を 神は笑った
UNO
翌日雲雀と骸は揃って街に出て情報収集に明け暮れていた
“姫様”と呼ばれるほどだ。そう易々と弱点を知れるとは思っていなかったが、
「姫様?あぁ、優しくてお美しい人だよ」
「弱点なんてあるわけないだろ、あんた頭おかしいんじゃないのかい?」
「姫様は素晴らしい方でね。時々街に来ては励ましの言葉をくれるんだよ」
「姫様のお陰でこの街は治安も良いし、みんな争いもなく平和に暮らしてるのさ」
「姫姉様すきー」
「この街に姫様を悪く言う奴なんざ居ねぇよ」
朝から聞き回って得られたのはどれもグロリアを誉め称える言葉ばかりで、ここまで支持率が高いとは思わなかった
カフェで落ち合った雲雀と骸はお互いぐったりした様子で現状を報告し合った
「全然弱点なんて見つからないじゃないか」
「僕に言われても…」
良く冷えたアイスコーヒーを一気に飲み、雲雀は苛々と指でテーブルを叩いた
「もうこの際力ずくでもいいよ。状況を話せば綱吉だって分かるだろうし、早くこんな事終わらせようよ」
リズミカルなその音で多少苛付きは治まるものの、雲雀は焦れったい任務に既に嫌気が射していた
さくっと誘拐でもすればいいものを、何故わざわざ本人を説得しなければならないのか
ボンゴレの力を誇示する為だと分かっていても、納得がいかなかった。忍耐力を要する任務なら、山本辺りにでも行かせれば良かったのだ
「確かにそうしたいですね…。僕の幻術に掛かってくれるのが1番楽だと思うんです、」
「きゃー、姫様よ!!」
骸の声は、唐突に上がった女のかん高い声によって遮られた
「街に降りて来るのは随分久しぶりじゃない?」
「今日もお綺麗ねぇ」
がやがやと騒がしくその“姫様”が現れた地点へと移動する街人を黙って見つめる
ものの1分もしない内に雲雀達の周りには子供1人居なくなった
「お姫様は随分な人気者ですね…」
一気に静かになったカフェを見渡して、骸が呟いた
「見に行ってみますか?何か分かるかもしれませんよ」
骸のその言葉に促されて雲雀は席を立つ。意外に近い所に居たグロリアの周囲には分厚い人の壁ができていた
『久しぶりだな、レイン。元気にしてたか?』
『あぁシェリー、随分大きくなったな。背が伸びたんじゃないか?』
『ファイ、またトリィと喧嘩したのか。額に傷痕があるじゃないか。いい加減にしないと怪我だけじゃ済まなくなるぞ』
『腹の子供の調子はどうだ、メルファ。そろそろ臨月じゃないか?』
自分の周りを囲む人々1人1人に言葉を掛けるグロリアは口角を持ち上げて笑んでいた
相変わらずその口元が動く事は無く、個人の頭に響くのではなくスピーカーで拡散されるようにその声が響いている
更には目をバンダナで隠し、異質さが滲み出ているのだが誰も気にする様子は無い
「姫様、見てちょうだいな。綺麗な花が咲いたのよ!!」
「こっちも見て下さいよ!!うちの畑で取れた野菜ですよ!!」
「姫姉様、今日もきれー!!」
人だかりが口々にグロリアに話し掛け、それら全てにグロリアは応えていく
人の壁に遮られてかなり離れた所からその様子を眺めていた雲雀と骸は、成す術も無くただ呆然と人混みが消えるのを待っていた
「…どうしますか?」
「どうしようもないだろ」
そんなやり取りも何回目だろう。グロリアの周囲から人が消える事は無くむしろ増え続けている気さえした
昼間という時間が影響してか、グロリアを囲んでいるのは女・子供がほとんどで、話題が尽きる事はなさそうだ
しばらく経ってから、ふとグロリアが皆に片手を挙げ、人垣が割れた
『また近い内に来る。皆、元気で居ろよ』
モーセの十戒の如く割れた人の間を抜けて、グロリアは優雅に去って行った
引き止めようと声を張り上げる人々に笑顔で答え、それでもグロリアは立ち止まりはしなかった
「追うよ、骸」
森の方へ歩き去るグロリアの背中を、見失わない様に適度な距離を保って尾行する
「…どこへ行くんでしょうね」
ひたすらグロリアの背中を追っていると、いつの間にか森の奥深くにまで来てしまっていた
「戻れるかな」
グロリアを追って来たせいで道標を付けずにここまで来てしまった
代わり映えのしない森の中では目印などなく、どの道から来たのかさえ分からない
「…っと、彼女止まりましたよ」
目が見えていないはずのグロリアは迷う事無く目的地に辿り着いたらしく、ある地点で立ち止まった
「…何してるんでしょうね」
両手を前に翳[カザ]したグロリアが、何かを唱えた。すると、
ゴゴゴゴゴゴゴ
物凄い地響きと共に草木が動き、大きな岩山が姿を現した
木々の茂みに隠されていたのは、大きな大きな見上げるほどの魔方陣だった
†Next†
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