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孤独な月を 神は笑った
OTTO



グロリアの城の地下に、新たな柩が並べられた。既に白骨化したユリアンの柩の隣に、同じく硝子ケースに納められたシャドウの亡骸が横たわっている


シャドウの亡骸と言っても、それはツキノワグマの剥製でしかない。人間の身体はもう何百年も前に朽ち、魂だけをグロリアが別の物に定着させたのだ


ユリアンを失い、精神的に弱くなっていたグロリアは大切な人がこれ以上居なくなる事に耐えられなかった。シャドウの寿命が尽きようとした時、グロリアは魂だけでもこの世に留め置く方法を調べ上げたのだ



トリニティの魔力を取り込んで我が物としたグロリアにとって、それはそう難しい事ではなかった。しかし人間の、いや生き物の命に触れるのは神にのみ許された行為だ


巨大な力を手に入れたグロリアは、神の領域を犯した。独りになるのが怖かった。置いて行かれたくなかった。引き換えに、自分が悪魔になるくらいなら、躊躇う理由は無かった



シャドウは、グロリアの想いを良く分かっていたからこそ、グロリアの側を離れないと誓ったのだ


まだユリアンに心を囚われていると知っていても、側に居られるだけで良いとシャドウは言った。利用するだけだと分かっていても、その優しさに甘えずにいられなかった



シャドウの罪は、あの日死を選べなかったこと。グロリアの為と謳いながら、彼はこの世の理[コトワリ]に背いたのだ


しかし、シャドウの魂は天国に逝けただろう。シャドウの罪も、ユリアンの罪も、グロリアが一身に請け負ったのだから



硝子に金文字で彫られた“シャドウ”の名を、指でなぞる。グロリアはシャドウの本名を知らない。彼はグロリアが与えた名を気に入ってくれていたから、本当の名前を明かそうとはしなかったからだ



“Shadow”−−影のように付き従い、常に離れる事なく側に居てくれた彼に、グロリアは言葉にはできない感謝と敬愛の意を示し、硝子ケースの中に真っ白な薔薇を溢れんばかりに入れた


特殊な加工を施した、永遠に咲き続ける白薔薇。例えグロリアが死んだとしても、この薔薇はシャドウの為に輝き続けるだろう



「…シャドウ、ユリアンが死んだあの日、わたしはもう2度と泣かないと決めた。わたしにはもう泣く資格が無いと思ったからだ。

−−しかし今だけは、おまえの為に泣かせてくれ。今までありがとう。そして、すまなかった。わたしが弱かったばかりに、おまえをいつまでも手放せなかった。


…次におまえが産まれて来る時は、必ず幸せになれるよう祈ろう。安らかに眠れ、シャドウ…」



硝子ケースの上に、いくつもの雫が落ちる。ユリアンが死んだ時優しくそれを拭ってくれた付き人は、もう居ない


グロリアの全てを理解し、分かってくれる最後の1人が死んでしまった。これで本当に、グロリアは独りになってしまったのだ



これから先自分の使命の事を思うと、グロリアはやはり不安になる。本当に使命を果たせるのか、やり遂げられるのか、逃げ出したいのを必死に堪えているだけなのだから当然だ



一頻り涙を流したあと、グロリアは天を仰ぎ見た。シャドウの来世を祈り、彼の幸せだけを願う



「…シャドウ、良い夢を。わたしもすぐそちらに逝くだろう。もう少しだけ、わたしに勇気をくれ」



硝子ケースに小さく唇を落として、グロリアはユリアンの柩に歩みを寄せた。グロリアが確かに愛した人の骨は、何百年経っても朽ちる事は無い


しばらくその白骨を見つめて、グロリアは黙って地下室を出た。入口の壁を魔力の塊をぶつけて砕き、もう誰も足を踏み入れられないようにする


地上へと続く階段も、グロリアが通った所から脆く崩れていった。後戻りはしない、前だけを見て歩いていくというグロリアの決意の現れだった


未来が決して明るいものではなかったとしても、グロリアはもう躊躇わなかった。いくつもの犠牲で成り立ったこの運命に逆らう事はできないと、良く分かっているのだ



地下室への入口は、グロリアが通ると周りの壁と同化して分からなくなった。これでもう、彼らの眠りが妨げられる事はないだろう。彼らは文字通り、永遠の眠りについたのだ






















「グロリア…!!居ないのかよ!?」



地上階に戻ると、グロリアを呼ぶ声が屋敷中に響いていた。屋敷中を探し回っているようで、他にも気配をいくつか感じる



「−−わたしはここに居るよ、沢田綱吉。そう大声を出すな」



泣いた後だと気付かれないように目の赤みも潤みも消してから、グロリアはツナの前に姿を現した


いつも通り不敵な笑みを口元に張り付けた、挑発的で高飛車な態度を崩さない彼らの良く知る“グロリア”だ



彼らはグロリアが誰かの為に涙を流す所なんて想像できないだろう。あの笑みが失われる事すら予測できないはずだ


それで良い、とグロリアは思った。例えかつての恋人の産まれ変わりであっても、かつての友人の子孫であっても、所詮は永遠とも呼べる一生の中で一瞬擦れ違うだけの存在なのだから



優しさも温もりも、もう求めてはいけない。これは、罰なのだから





−−運命は動き出した。止める事は、この世で最後の“魔女”となったグロリアでも不可能だろう




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あきゅろす。
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