孤独な月を 神は笑った QUATTRE 「視る力を消す…?そんな事が、できるんですか?」 「正確には消すわけではない、おまえから私に力を移すだけだよ。わたし達魔女は、元来能力を他人に譲渡する事ができるのさ。だからおまえから力を奪う事も容易い」 「…グロリアは、元から死人が見えるのでは?」 「まあな。だから生活に支障は無い。わたしと取り引きするか?」 意味深に口角を持ち上げたグロリアは何を考えているのか、ユリアンには分からなかった ただ、願っても無い話に、ユリアンの思考は正常な働きを失った。冷静に考えれば何か裏があるのではとすぐに気付けただろう 「おまえの身体に変化は無い。ただ死人が視えなくなるだけだ。どうだ、悪い話じゃないだろう?」 グロリアのこの言葉が決定打となり、ユリアンは躊躇いがちに首を縦に振った。途端、唇に感じた柔らかい感触 「…なっ!?」 グロリアに口付けられていると理解するのに、時間は掛からなかった。驚いて口を開いた隙に差し込まれたグロリアの舌に、好き勝手に暴れられる 聖職者であるユリアンは、今まで性的な事に疎かった。勿論男である以上そういった事に興味が無いわけではないが、元来ストイックなのだ だから女性と身体を重ねた事なんてあるはずがないし、ましてやキスもこれが初めてだった 「グロリア、待っ…」 息すら儘ならない激しい口付けに、ユリアンは激しく動揺した。しかし、身体の奥で何か熱い物がたぎっているのも事実だった くちゅ、といやらしい音が響く度に、力が抜けていくようだった。グロリアにされるがままに身を任せて、気付いた時には完成に脱力しきっていた 「初い奴だな。この程度で情け無い」 「なっ、だって、グロリアが…!!」 「どうだ、もう視えないだろう?」 得意気に笑ったグロリアは、ユリアンに周囲を見渡すように言った。そう言われてユリアンは庭を見渡すが、特に普段と変わった所は無い 「…この城で死人を見た事なんて無いですよ」 「いつもはわたしの力で良くないモノは城に近付けないようにしているからな。しかし今はおまえの隣に居るぞ?」 「隣に…?」 一時的にシールドのように張り巡らせている力を遮断し、一体だけ死人を縄張りに招き入れたグロリアは、ユリアンにそれが見えていない事を確かめて満足そうに笑った ユリアンは本当にそこに死人が居るのか信じられずに空中を手で掻いている。だがグロリアの目には、頭から血を流した男が確かに映っていた 「僕には何も見えません…」 「ああ、わたしには良く見える」 元から人間よりも良い“眼”を持つグロリアはより色々な物を視えるようになり内心ほくそ笑んだ グロリアは今でもかなり高位な能力を持っているが、上には上が居ると良く知っている。神の真似事をするつもりは無いが、まだまだ自分の実力に満足するつもりは無かった 貪欲なまでに高見を目指し、こうして力のある者から能力を奪っている。勿論力ずくではなく、今回のように合意の上でだ 特異な能力を持つ者の多くは、その力を持て余し困惑している事が多い。力が無くなるなら、“普通の人間”と同じになれるのならと、人々は喜んで能力をグロリアに譲り渡した そうして様々な力を得たグロリアは、凡そ自分にできない事は無いくらいに多くの能力を既に身に付けていた 「さて、それでは取り引きの内容だが」 「…取り引き?」 「まさかタダで願いが叶うなんて思っていたのか?最初に言っただろう、『わたしと取り引きするか』と。魔女との取り引きは安くないぞ?」 ニヤリ、と笑ったグロリアは机に頬杖をついてユリアンを見上げた。その視線に善からぬ事を考えている事を察したユリアンは背中に冷たい物が伝うのを感じた 「……ここに居ろ、ユリアン。それだけで良い」 「どういう意味ですか…?」 「存外、この生活も退屈でね。丁度話し相手でも欲しいと思っていたのだよ。この城に住む事を許可してやる。 …分からぬか。わたしの側に居ろと、そう言っているんだ」 グロリアはユリアンを愛してしまった。孤高に生きる魔女としては、もしかしたら許されない事だったのかもしれない しかしこうして毎日グロリアの元を訪れるユリアンも、気が無いわけではないだろう。一つ屋根の下で生活していれば情が移るのは必然で、2人はすぐに親しい間柄となった グロリアはユリアンさえ居れば良いと思っていた。今が楽し過ぎて、幸せ過ぎて、盲目的になっていたのかもしれない いつしかユリアンが隣に居る事が当たり前になっていて、彼が居ない生活なんてもう想像できなくなっていた 平穏に、溺れていたのだろう。幸せは長く続かないものだと、この時はまだ知らなかったのだ 死とは、万人に平等に訪れるものだと、グロリアは知っていたはずなのに †Before††Next† |