孤独な月を 神は笑った
TRE
「グロリア・ウィンスレット!!今日こそは必ず僕が勝ちますよ!!」
あの日、案の定グロリアにボロ負けしたユリアンは、グロリアの城の近くに居を構え、毎日グロリアに挑んでいた
だが一介の神父なんかが“魔女”であるグロリアに敵うはずもなく、毎回見事に返り討ちにされるのだ
いつか、懲りて消えるとグロリアは思っていた。そう遠くない未来、ユリアンもグロリアを忘れるのだろうと
しかしユリアンは、毎日毎日性懲りも無く、グロリアの城を訪れては決闘を挑む。初めの内は適当に相手をしていたグロリアも、気付いたら、ユリアンが訪れるのを楽しみにしていた
「今日は遅かったな、ユリアン。寝坊でもしたか?」
「そんなはずないでしょう!!行き掛けに怪我をした小鹿を見付けたので手当てをして来たから遅くなったんです」
「…ほう。おまえの慈愛は動物も対象なのか」
「当然です。この世界に生きとし生きる全ての生き物が、平等に神の寵愛を受けているのですから」
「神…か、酔狂な事だな」
ふっとどこか嘲るように笑ったグロリアは、しかし柔らかな雰囲気を纏っていた
森を見渡せるテラスに置かれたガーデンチェアに座り、ユリアンを見ている
「いつまで座っているんです?やる気無いんですか?」
ユリアンは懐からロザリオを取り出し、いつものようにけしかけた。しかしグロリアは立ち上がろうとせず、目を閉じて風の音に聞き入っていた
「…喧嘩をする前に、少し話をしないか?おまえの事が知りたい」
「僕の、事を?どうしてそんな、」
「おまえの口から聞けないなら勝手に視るだけだ。どうする?」
グロリアが口元だけで笑うと、ユリアンは嫌々向かいのチェアに座った。するとすかさずシャドウが温かい紅茶を差し出す
「あ、ありがとうございます…」
「インドの知り合いに貰ったニルギリだ。オレンジと実に良く合う仕上がりでね、1人で飲むには勿体無いのだよ」
「それで僕を話し相手に?“魔女”は随分友達が少ないんですね」
「わたしがここに居る事自体知っている者があまり居ないからな。その分おまえが来るまではとても静かだったよ」
「…すみませんね、騒がしくて」
グロリアのからかうような発言にユリアンは口を尖らせた。好きで毎日こうしてグロリアの所に来ているわけではない。グロリアに勝てたらすぐにでもこんな森出て行ってやるのに
「おまえ、家族は?」
「両親と、妹が1人。父も神父をしています」
「ああ、だろうな。おまえの“それ”は血筋によるものだ。…おまえ、ヒトではないものが視えるだろう?」
「…何故それを」
「わたしは“魔女”だぞ、ユリアン。甘く見ないで欲しいものだな。死人[シビト]が視えるというのは良くも悪くもヒトの運命を変えてしまうものだ。おまえの場合は、悪い方向に変わったか」
ユリアンはグロリアの言葉に膝の上で拳を握った。思い出したくもない忌まわしい出来事を、魔女は知っているのだろう
本当は、ユリアンに妹なんて居なかった。いや、正解には居た、と言わなければならない
ユリアンの妹は、死人によって殺された。それを視たのはユリアンだけ、しかし両親も、愛娘が何に殺されたのかを察してしまったのだ
直接的にはユリアンのせいではない。彼の力は先天的なもので、物心付いた時にはもう、死人は普通に彼の横を歩いていたのだ
だからユリアンは、死人が危険な存在だなんて知らなかった。関わらなければ害は無いし、向こうから関わって来る事も無い
まさか死人が人間に手を掛けるなんて、しかもそれがユリアンが視えたせいだなんて、まだ幼いユリアンは知らなかった
妹が死んでから、ユリアンの家庭は少しずつ崩壊していった。母親は酒に溺れ、父親は暴力的になった。そんな2人は言葉にこそしないものの、ユリアンを責めているようだった
だからこそ、ユリアンはあの家を出たのだ。名目上は宣教の為、しかしもう、ユリアンはあの空気に耐えられなかった
「奴等は自分が死んだ事に気付いていない場合が多い。だがその事実に気付いてしまった時、奴等は抑え切れない衝動に駆られるものだ。
人間を殺めるのは大概が嫉妬だったり憎悪だったり、そういう負の感情が絡む場合だからな。そして視える人間の周りには死人が集まり易い。
大方、おまえに引き付けられた死人が、妹の美しさや人望を妬んだんだろうな」
「…分かっています。あれは、僕のせいだったと…」
「そうとも言い切れんさ。おまえが視える事を知っていながら何もしていなかった親にも責任はある。
昔は少なくなかったのだよ、視える人間もな。神父であればその対処法も知っていただろうに」
「それでも、死んだ人間が危険だと気付かなかった僕にも責任はあります。だから、」
「視えなければ良いと、思った事は無いのか?」
キラリと、グロリアの赤い瞳が光った気がした。太陽の光が反射したのではなく、底光りしたように見えたのだ
いつの間にかシャドウは居なくなっていた。彼はユリアンが来る事を余り好ましく思っていないようだった
それでも露骨にユリアンを排除しようとしないのは、単[ヒトエ]にグロリアが彼を気に入っているからだろう
「奴等が視えなければ、おまえは普通の生活に戻れる。他人に見えないものが視えるというのはなかなか苦痛だろう。誰にも相談できず、理解もされず、おまえは今まで1人で苦しんで来たんだろう?」
「…だったら、何だって言うんですか?」
「わたしを誰だと思っている、このわたしに不可能な事など無いさ。
……おまえから視える力を消してやる」
そう高らかに言ったグロリアは、確かに自分に不可能は無いと信じていた。自信たっぷりに笑って、ユリアンを見ていた
まだ、グロリアも若かった。もしグロリアが本当に不可能な事など無かったら、この選択がそもそもの間違いだったと気付けただろう
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