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孤独な月を 神は笑った
DUE



山奥には“魔女”が住んでいる。それは古から人々の間で噂されている事だった


太陽の光が届き難い森の奥では道に迷わない事の方が少なく、そして2度と帰って来ない者もしばしば居た


だからだろう。その理由を“魔女”のせいにして、人々はいつからか“魔女”を忌み嫌うようになったのだ



確かに“魔女”は人里を嫌い1人でひっそりと暮らす事を好んだ。だが人間が勝手にイメージしているような、カエルやイモリの干物が入った薬を作ったり、人の肉が好物だったりする事は無い



一方的な思い込みで“魔女”と人間との交流はほとんど無かった。それはどこに生きる“魔女”も例外ではなく、もし人間と共に生活しているとしたら“魔女”である事を隠している者だけだろう



そしてこの森にも、そんな理由で住み着いた“魔女”が居た。ただ彼女が他の“魔女”達と違うのは、彼女が独りではないという事だった





「グロリア様、アフタヌーンティーの準備が整いました」


「ああ。ありがとう、シャドウ。すぐに行くよ」



グロリアと呼ばれたその“魔女”は、長身の男を1人小間遣いとして側に置いていた。偶然グロリアと出逢ったその男−−グロリアは男に“シャドウ”という名前を与えた−−は、一目でグロリアに心を奪われてしまったのだ



“魔女”は時折自分の能力を使って人々の願いを叶えてやる事がある。丁度その時も、依頼を1つ片付ける為に街に出ていたのだ


相手が“魔女”だとは知らずに猛アタックをけしかけたシャドウは、グロリアが“魔女”だと知ってからも求愛し続けた


シャドウのあまりのしつこさに逸そ記憶を消してしまおうかと思っていたグロリアは、どんな形でも良いから側に居させて欲しい、というその男の言葉に折れたのだ


永遠に自分の気持ちがシャドウに向く事は無いと宣言した上で、シャドウの想いは決して報われない事を承諾できるなら、というグロリアの言葉を、彼は躊躇う事なく受け入れた



あれから、既に数年が経っていた。適当にあしらっていればその内飽きるだろうと思っていたのに、シャドウはこの生活を楽しんでいるようだった


生殺しに近いこの状況に何故シャドウは文句を言わないのか、グロリアは疑問でならなかった


元々富豪の屋敷で執事をしていたらしい彼は、実に細やかな気遣いのできる男だった。グロリアの好みや嗜好を熟知し、グロリアが何か要求する前に必ずそれをこなしていた


いつか勝手に出て行くだろうと思っていたグロリアは、今ではシャドウの存在を必要不可欠だと思うようになっていた



「今日はサーモンと春キャベツのキッシュを作ってみました。グロリア様のお口に合うと良いのですが…」


「そう言うな、シャドウ。おまえの作る物は何でも美味いと思うぞ」



グロリアがそう言えば、シャドウは心底嬉しそうに笑った。やけに恭しい言葉遣いも様付けも、グロリアは止めて良いと言ったのだが、シャドウはそれを頑なに拒否した


シャドウなりに、境界線を作っているのだろう。あまり踏み込み過ぎては自制が効かないと、分かっているのだ



シャドウはグロリアを愛していた。異性として、想いを寄せていた


グロリアもシャドウを愛していた。家族として、友人として、唯一心を開ける相手として



甘い言葉は囁けなくても、2人はその生活に満足していた。その関係をはっきりと言葉に現す事はできなかったが、大切な人が側に居る事が何よりも幸せだったのだ




















しかし幸せは長く続かないと、膨大な時を生きて来たグロリアは良く知っていた。良い事の後には悪い出来事が来るように、幸せの後には絶望が待っているものだ



あくる年のハロウィンを終えた数ヶ月後、グロリアの城に1人の男が現れた。黒いローブを纏い十字架を首から下げたその男は、神父だと名乗った


魔女を異端だとする彼の宗教では、魔女も悪魔も祓うべきものだと考えられているのだ。彼は、グロリアを祓う為に来たのだろう



ご丁寧にもそれを宣言したその男に、シャドウは迷う事無くサーベルを抜いた。刺し違えてもグロリアを守る覚悟だったシャドウは、しかしグロリアに宥められて剣を収めた



「…おまえの言う事も分からなくないよ、神父。わたしは神なんて存在を信じていないが、弱く脆いおまえ達人間は、拠り所が無ければ生きていけないのだろう」


「神を愚弄する気ですか?ますます許し難いですね」


「愚弄すりつもりは無い。ただ、曖昧な存在に縋らなければならないおまえ達人間が愚かだと言いたいのだよ」


「……やはり貴女とは分かり合えないようですね」



神父は躊躇う事無く十字架を取り出した。神を信じる彼は、その力でグロリアを祓えると思ったのだろう


グロリアはそれを見て静かに嘲笑を浮かべた。“魔女”が十字架なんかで死ぬはずがないのだ





「…おまえとは長い付き合いになりそうだな、神父。名を聞いておこうか」


「……ユリアン。ユリアン・J・セクメトです」


「ユリアン…か。良い名だな。わたしはグロリア・ウィンスレット、こちらはシャドウだ」



この頃はまだ、グロリアも若かった。今よりも能力を使いこなせていなかったし、自分には何でもできると思い込んでいた



−−不可能など有り得ないと、当たり前の事に気付く為に、グロリアはかけがえのない物を失ってしまうのだ




†Before††Next†

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