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孤独な月を 神は笑った
DICIASSETTE



「−−もう、やめて下さい…」



悲痛な声で骸が呟き、リボーンの手と一瞬に銃を握り込んでいたグロリアの指を引き剥がす


まるで壊れ易い硝子細工を扱うように、もしくは砂糖菓子に触れるかのように、優しく丁寧に1本ずつゆっくりと引き離した


そのままリボーンをグロリアの身体から退かし、腕を引いて立たせる。高そうなドレスの汚れを叩[ハタ]いて落としてやる骸の表情は暗く悲しそうだった



そこまでの骸の一連の動作をぼんやりと眺めて、リボーンははたと正気に戻った。頭に靄[モヤ]が掛かったように意識が霞んでいた事に気付きグロリアを見る


操られているようだった。グロリアに脳を支配され、されるがままに抵抗を奪われていたような錯覚に陥った


でなければ自分がグロリアにあんな風に触れられて拒絶しないなんて有り得ないのだ。身体が動かなかったのは、グロリアの仕業なのだろうか



「…貴女は、何がしたいんですか?」



眉を寄せたままの骸がグロリアに問い掛ける。端から見れば彼ら二人は美男美女で似合いのカップルだろう


揃いの赤と青の瞳も、細く長身な身体も、二人はそう仕向けられたかのようだ



「わたしはおまえ達をより強くしたいだけだよ、六道骸。どこに疑問を持つ要素がある?」


「僕が言いたいのはそんな事ではありません。…何故わざとアルコバレーノを挑発するような事を言うのです。何故彼を煽って引き金を引かせようとするのです。これではまるで、貴女が、」



−−死にたがっているように見えます、途切れ途切れに、酷く小さな声で、骸は確かにそう言った



吹き荒れていた風はいつの間にか止んでいた。誰も言葉を発せず、一瞬降りる沈黙が耳に痛い



「いくら貴女が簡単に死なない身体だとしても、造りは僕達人間と同じなのでしょう?ならば当然痛みを感じるはずです。苦しみも同様に、なのに貴女は…」


「…手を放せ、六道骸」



パシッと骸の手を叩き、グロリアが1歩後退した。骸を下から睨み付ける視線は鋭く冷たい



「知ったような口を利くな、おまえに何が解る?おまえが何を識っていて、おまえごときに何ができる。

…わたしはおまえに支えられずとも独りで立てる。今までもずっと独りで生きて来た、これから先も、わたしは死ぬまで独りだ」



自分に言い聞かせるように、グロリアはそう言った。骸はその赤と青の瞳に込められた真っ直ぐで揺るぎない決意に気付いてしまい、何も言い返せなかった


骸はグロリアを何も知らない。ただ前世で恋人だったというだけで、骸とグロリアは何の関係も無いのだ


しかし放っておけないのだ。強く気高いこの独りの女性が、今にも折れてしまいそうに思えてならないから



例え本当に、この忌まわしい六道輪廻を植え付けられた右目がグロリアの腹いせだとしても、骸はそれを甘んじて受け入れようと思った


この右目と共に得た苦痛や絶望と同じ分だけグロリアも苦しみ哀しんだのだと思えば、たかが数年の地獄など大した事ではない



「グロリア、僕は…」


「わたしはおまえが嫌いだよ、六道骸。おまえが生まれた時から、おまえが生き続けている限り、わたしはおまえを殺してやりたい程嫌いだ。わたしに触れるな、わたしはおまえが、…大嫌いだ」



はっきりと突き放すグロリアの言葉に骸の瞳が傷付いたように悲しみに揺れる。そんな骸を一瞥して、グロリアは骸に背を向けた



「…今日の特訓は終わりだ。部屋に戻って…」


「……そんな言い方、無いだろ」



どこか疲れたように呟いたグロリアの言葉を遮って、ツナが低く呻いた。大きな蜂蜜色の瞳に浮かんでいるのはあからさまな嫌悪と激しい怒り。その矛先は一直線にグロリアへと向けられていた



「いくらなんでも、そんな言い方は骸が可哀想過ぎる。過去や前世がどうであれ、骸は今のグロリアの身を案じてるんだろ。なのになんで、そんな嫌いとか言えるんだよ」


「わたしはおまえ達と馴れ合うつもりは無いのだよ、沢田綱吉。わたしはわたしの目的を達成する為にここに居るだけに過ぎない」


「だからって骸を傷付けて良い理由にはならない。骸に謝って、」


「…ほう、このわたしに頭を下げろと?安い陶酔だ。おまえは自分がそんなに偉いと思ってるのか?」


「偉いとか偉くないとか、関係ない。グロリアにだって言って良い事と悪い事があるだろ、だから骸に謝ってよ」


「…綱吉、もう良いです」


「良くないよ、骸は優しすぎ…」


「優しすぎるのはおまえも同じだ、沢田綱吉。そんなに六道骸が大切か?」



必死に自分を庇うツナを骸は止めようとする。しかしマフィアのくせに矢鱈正義感の強いツナは一向に引き下がらなかった


これ以上グロリアの言葉を聞きたくなくて彼女に向けた骸の背が大きく揺れる。かつての柵[シガラミ]を完全に断ち切る事はまだできていないというのに、何て事を訊くのだろう



「綱吉、部屋に戻り…」


「当たり前だろ、骸は俺の大事な仲間なんだから。大切かどうかなんて、一々言葉にするまでもないよ」



ツナの答えを聞くのが怖くて話を終わらせようとした骸の目を真っ直ぐに見て、グロリアに向けられているはずの言葉は骸に向けた言葉のようだ



「……そうか、それは良かった」



そんなツナを見て、グロリアは満足そうに、しかしどこか自嘲的に笑った



「…今日はもう遅い。予想以上にリボーンの特訓に時間を使ってしまったからね。わたしもそろそろ休みたい、おまえ達も下がれ」



本当に疲れたような顔をしてグロリアが左手を払う。まだ骸に謝らせていないツナは若干憤りを感じるが、これ以上言い下がってもグロリアは謝らないだろうと思った



「明日は雲雀恭弥だ。これで最後、」



ガキン、と重い金属がぶつかり合うような音でツナ達は一斉に振り向いた。出口に向かって歩いていたが、唯一それに倣わなかった雲雀がグロリアをトンファーで攻撃したのだ


グロリアは骸との対戦で使っていた大鎌で雲雀のトンファーを防いでいる。あの時と同じ様に、左手で



「…雲雀、さん?」


「ねぇ、どうせ残りは僕だけなんだからもうやっちゃおうよ」


「そう急かさずとも良いだろう。おまえは明日相手してやる」


「ワォ、逃げるつもり?それとも一晩休まないと僕の相手はできないのかな」


「…そこまで言うならわたしに勝つ自信があるんだろうな、雲雀恭弥」


「当然だよ、…今なら君を咬み殺せそうだ」



雲雀の瞳の奥にチラつくのは獰猛な肉食獣のような怒りと興奮。それを冷めた目で見つめながら、グロリアは動かない右腕を呪った




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あきゅろす。
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