孤独な月を 神は笑った
QUATTORDICI
ダイナマイトを武器とする獄寺は中距離戦を得意とし、山本は近距離での戦いを得意とする
お互いの相性は最悪だ。当然の事ながら獄寺に刀を防ぐ武器があるはずもなく、山本から逃げ回りいくらか離れた所でダイナマイトを投げ付けるのが精一杯だった
勿論グロリアはそんな事まで計算済みで、この二人は戦闘技術の向上ではなく精神面の強化が目的なのだ
自分から動こうとしないグロリアの腕を必死に引きながら何か考えている横顔を見ながら、グロリアは秘かに笑った
数字が60を切った頃、山本と獄寺に明らかな焦りと狼狽が見え始めた。あと1分。あと1分で死ぬのはツナか山本か、−−あるいは獄寺か
観覧席から不安気に見つめているツナも、こっそり銃の安全装置を解除したリボーンも、この特訓の結末を予想できないのだろう
1分後の未来を知っているのは、孤高の気高き魔女だけなのだ
赤い数字が50を切り、山本と獄寺に冷や汗が浮かび、観覧席にいるツナ達も目に見えて狼狽え始めた
唯一涼しい顔をしているのはグロリアのみ。焦って攻撃する山本とどこか集中しきれていない獄寺を冷ややかな目で見ている
獄寺が必死に山本の攻撃をかわしているお陰でグロリアは今の所ほとんど無傷だった。しかし相変わらず自力で動こうとしないグロリアに何度も時雨金時が掠めている
タイムリミットが近付くにつれて大振りになる山本の刀をかわし続ける事はなかなか難しく、ましてやダイナマイトで刀を受ける事はできない
グロリアを庇いながら防戦一方の獄寺には所々切り傷ができていた。カウントは残り30――、いよいよ猶予もわずかとなった
護りたくないものを守る事も強さだとグロリアは言った。獄寺にとって護りたくないものとはグロリアの事で、グロリアを護ると同時にツナを守っている
果たして獄寺が護っているのは、ツナとグロリアだけだろうか。獄寺はボンゴレやもっと大きな物を護っているような気がしてならなかった
グロリアの言った“護りたくないもの”とは何だろう。今一度自分の心に問うた獄寺に、1つの希望が見えた
カウントがゼロになった時、ツナと山本は思わず目を瞑った。どちらの首が吹っ飛んでも気分が悪いし、正直に言ってしまえば怖かった
無言の攻防戦は引き分け。つまり負けたのは山本だった。死を覚悟して目を閉じていた山本は、いくら待っても意識が途絶えない事に疑問を感じ恐る恐る目を開けた
観覧席のツナもまだ生きているし、獄寺はいくらか怪我をしているものの大した事はない。グロリアに至っては無傷だ
ちなみに山本の手には解除装置である鍵は無い。鍵はグロリアの首に下げられて――、
「…一応、言い訳を聞いてやろうか」
鍵は、獄寺の手中にあった。チェーンは無理矢理引きちぎったのか無惨な事になっているが、確かに鍵は獄寺が握っていた
「俺はアンタの言った事は守ったぜ。何が悪い」
「鍵を奪うのは山本武の役目だ。おまえの仕事はわたしを守る事だろう」
「アンタは“護りたくないものを守れ”っつっただろ。俺は制限時間ギリギリまでアンタを守ったし、でも俺にとっちゃ山本だって“護りたくないもの”なんだよ。
鍵さえあれば十代目と山本の起爆装置は外せる。誰も死なせねぇこれが最善策だ」
ぽいっと投げた鍵は無事山本にキャッチされ、若干戸惑いながらも山本はそれを使って首の爆弾を外した
「…それが答えか、獄寺隼人」
「ああ。俺はアンタを守って、山本は俺の助力で鍵を手に入れた。アンタの描いたシナリオとは違うだろうが、これが俺のやり方だ」
『全てが終わった時必ず1人死んでいる』というグロリアの言葉を気にしているのか、獄寺は未だに警戒を解いていない
グロリアのシナリオではツナか山本か獄寺の誰かが死ぬはずだった。しかしまだ3人とも無事で、つまりグロリアの目論見は失敗したと言う事だろうか
無表情だったグロリアがふっと笑い、クスクスと堪えきれなくなったように声を立てて笑い出した
どこか狂気的な雰囲気のグロリアに誰も何も言えず、高笑いが止まるのをただ待つ。一頻り笑い続けたグロリアは、目元に浮かんだ涙を拭い獄寺を見た
「…まったく、想像以上だよ」
徐[オモムロ]に右手を上げたグロリアはツナに向けて指を鳴らした。ツナの首にはまだ爆弾が付いていて、一気に緊張感が増す
――が、ツナの爆弾は爆発する事無く、ごとっと重い音を立てて下に落下した。飾りの宝石の重さか、あるいは他の要因か、その音は酷く重く感じられた
「…合格だ。わたしの期待以上の成果を上げてくれるのは嬉しいね、このくだらない茶番劇に付き合ってやる価値が少しはありそうな気がして来たよ」
自嘲的にそう呟いたグロリアは何を考えているのか分からなかった。自分からこの集中特訓をけしかけておいて、くだらないと卑下する理由は何なのだろう
まるで嫌々やっているような、そんなに乗り気ではないような、今までのグロリアの言動とはどこか食い違う気がした
「…明日はリボーンの特訓にしようか。銃の手入れをしておけよ」
ふわり、とドレスの裾を翻[ヒルガエ]してグロリアはいつものカウチに座った
障害物のある場所で効力を発揮する獄寺のダイナマイトの為に演習場ではなくこの部屋を選んだのだが、疲れ切っていたグロリアは近くに座れる物があって良かったと心底思った
「…オレも特訓の対象に入ってんのか」
「当然だろう。わたしの役目はおまえ達全員を成長させる事だ」
「オレは最強ヒットマンだぞ、今更てめーに教わる事なんかねーぞ」
「己の力を過信する者は己の力に喰われるものだよ、呪われし赤ん坊。わたしがおまえのその無駄に大きな自信を打ち砕いてやる。…もう今日は部屋に戻れ。わたしは少し寝る」
カウチに深く座ったグロリアが追い払うように手を振ると、どこか納得できないような顔をしながらも雲雀達はそれに従う
ふと、部屋を出ようとした雲雀の鼻腔を強い血の臭いが掠めグロリアを振り向いた。それは既に固まった鉄臭さを漂わせていて、雲雀は怪訝そうに眉を潜めた
「ねぇ、君…」
何か言おうとした雲雀は、グロリアが目を閉じている事に気付き口を閉じた。軽く俯いているせいか、グロリアの顔色は酷く青く――まるで死人のそれのように見えた
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