孤独な月を 神は笑った
QUATTRE
「…おまえ、誰だ?」
グロリアは何度か億劫そうに瞬きを繰り返し、雲雀の顔をしばらく見つめてからそう口にした
「何言ってるの、君。寝惚けてないでさっさと起きて」
雲雀は腕を引いて起こそうとしたが、掴んだその腕の冷たさに顔をしかめた。まるで死んだ人間に触れたような、氷のように冷たい
同じように雲雀の手の温かさに眉を潜めたグロリアは、じっと雲雀の横顔を眺めてからようやく得心がいったのかいつものグロリアらしい表情に戻った
「…ああ、雲雀恭弥か。どうした、獄寺隼人が何かやらかしたか?」
「分かってるなら早くなんとかして。僕は眠いんだよ」
ただですら浅い眠りを邪魔されて雲雀が不快に思わないはずがない。再度グロリアを催促すると、予想外な事に彼女は素直に身を起こした
「全く、外には出さんと最初に忠告しておいただろうが…」
「馬鹿だね、獄寺隼人が沢田以外の言う事なんて聞くわけがないだろ」
「ならばこれで学習できただろう。わたしの言う事も聞かないとどうなるか、その身を以て理解したはずだ」
バタン、とグロリアが部屋のドアを開け放つと、そこは獄寺達が居る2階に通じていた。便利ではあるがグロリアの能力を最大限利用していたら、その内体が鈍るのでは、と雲雀はふと思った
「騒がしいぞ、おまえ達。この時間はシャドウも身体を休めている、少し静かにしてもらおうか」
先程まで眠っていたというのに、グロリアは全てを理解しているかのような口振りで困惑しているツナ達に近付いた
「グロリア、隼人が…」
「分かっているよ。別に死んだわけじゃない、そう騒ぐな」
相変わらずグロリアはあのバンダナをしていなくて、その赤と青の瞳を外気に晒している。しかもいつものようなロングドレスを着ていた
「おい、獄寺はどうしたんだ。一体何が起きたんだ?」
「城から出さんと言っておいただろう。わたしの言い付けに背いた報いだよ」
「だからって何でこんな風に固まってんだ、明らかにおかしいだろ」
「“外”と“城”の時間の流れを変えてある。おまえ達がここで修行している間何か進展があると困るだろうと思ってね。“外”の1秒が“城”での1週間に匹敵するように操作したのだよ」
「…そんな事もできんのか」
「このくらいできなくて“魔女”は務まらないよ、呪われし赤ん坊。
さて、少し下がっていてもらおうか。時間の歪みに自分から飛び込む馬鹿に今まで会った事は無いから、わたしもこうなった人間を引き摺り戻すのは初めてだ」
そう言ってグロリアはツナ達を反対の壁際まで追いやり、自分は窓の真正面に立つ。しばらく何かを思案するように空中で石化した獄寺を眺めてから、徐に片手を伸ばした
−−バチィッッ!!
「うっわ…!?」
山本とツナの時の比ではない程の火花が生じ、辺りはまるで雷が落ちたかのように明るくなる
その閃光の強さに雲雀達は思わず目を閉じるが、グロリアは特に気にした様子も無く獄寺の腕を掴んだ
そのまま無理矢理獄寺の体を城の中に引き戻す。獄寺の体が窓枠を越える瞬間火花は一際激しくなり、軽く煙まで上がっていた
「…ふべっ!?」
「隼人!!」
グロリアが無理矢理引き戻したせいか、獄寺は受け身を取れず赤いカーペットに顔面着地した
何があったか分からないのかきょろきょろと辺りを見渡す獄寺を心配してツナ達が駆け寄る。一方右手1本で獄寺を引き寄せたグロリアは、その無事を確認する事無く窓を施錠していた
「隼人、大丈夫?どこか痛い所は?」
「十代目…?俺は平気っすけど、一体何が?」
「なんかグロリアが城と外で時間の流れを変えたらしくて、隼人はその歪みに捉えられちゃったんだって。っていうかそもそも何で窓の外に居たの?」
「こんな所に居たくなくて、抜け出そうと…」
ツナに迷惑が掛かってしまったせいか申し訳無さそうにそう告げた獄寺は、自分を城へ戻した張本人であるグロリアを見上げた
窓の大きな月を背景に、グロリアは腕を組んで黙ってそこに立っている。その交差した右手からぽたり、と何かが落ちるのを見て、獄寺は怪訝そうに顔をしかめた
「おい、お前、それ……」
獄寺の呟きでツナ達も一斉にグロリアを見る。硝子窓に背を預けるグロリアの右手は二の腕までが酷く焼け爛[タダ]れ、しばらく止まりそうにない血が断続的に滴っていた
「グロリア、怪我を…!?」
「…このくらいで騒ぐな、鬱陶しい」
途端に顔色を悪くしたツナを他所に、グロリアは涼しい顔で獄寺に詰め寄った。いつもの微笑は無く無表情なグロリアは、青白い月明かりと整った顔立ちのせいでかなり迫力がある
自分のせいで怪我をさせてしまったからか、獄寺が何も言えずにただグロリアを見上げていると、急に左手を伸ばしたグロリアにネクタイを捕まれた
「ぐぇっ!!」
「良いか、獄寺隼人。ここはわたしの城だ。城ではわたしがルール、おまえの尊敬する沢田綱吉よりもわたしに従う事だ。今回は助けてやったが次は無いと思え」
吐息が掛かりそうなほどまでに顔を近付けグロリアは獄寺を睨み付ける。左右で色の違う瞳に至近距離で睨まれ、気圧されたように獄寺はこくこくと首を縦に振った
「部屋から出て来ない六道骸にも伝えておけ。この城内で勝手な行動はするなとな」
グロリアの覇気に負けたのか口を開く事のできないツナ達にそう言い残し、グロリアは颯爽と部屋へ戻って行った
グロリアが歩いたカーペットには、赤い雫が点々と染み付いていた
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