孤独な月を 神は笑った
TRE
「シャドウの中身は“シャドウ”だよ。それ以上でも、それ以下でもない」
目を閉じて考えていたグロリアは、そう答えるのが精一杯だった。実際見た目がウサギだろうとツキノワグマだろうと、グロリアにとってシャドウはシャドウなのだ
「じゃあ前の身体はどうなったんだい?まさかツキノワグマが食らったわけじゃないだろ?」
世界の七不思議にさえ興味を持つ雲雀が、目の前に好奇心を掻き立てられる餌をぶら下げられて食い付かないはずが無い
雲雀にとってグロリアは自分を苛つかせる高飛車な女でしかないのだが、しかしその存在と知識と能力は非常に興味深いのだ
「…あの身体は“城”と一緒に捨てて来たのだよ。もう使い物にならないまでに酷使してしまったからな、クリスマスローズと一緒に埋めてやったさ」
「まるで人間が老化するみたいだね、百年経つと身体を交換するなんてさ。そのやり方でいくと、君達は不老不死みたいだ」
にやり、と雲雀が目を細めて笑う。世界中の豪者達が血眼になって探す“不老不死”。永遠の命と美しさを求め、彼らは死んで逝ったのだ
世界七不思議の一つでもあるそれは、世界中のどこかにあるとされながら何人たりとも手に入れる事は叶わなかった奇跡の業[ゴウ]
それに最も近い現象が、今目の前にある。雲雀は身体中の血が喜びに踊るのを感じた
「…不老不死、か。確かにシャドウの存在はそれに近い。しかし身体は少しずつだが退化するし、そもそもわたしという存在無くしてシャドウはこの世に止まる事はできない。
そんな脆いモノを、おまえは“不老不死”だと言うのか?」
「じゃあ君はどうなんだい?自分の力で永遠に生きられるんだろ。……そうだ、君は別人になったりしないのかい?」
“ウサギ”のシャドウの身体が朽ちてしまったように、グロリアの身体も衰えると考えるのが妥当だ
形としては“人間”だが、グロリアは“魔女”。薔薇を生きる糧とし様々な特殊能力を持つ、雲雀達とは明らかに違う存在なのだ
「わたし、か。わたしは“産まれた”時からこの身体だな。シャドウのように幾度も身体を変える必要は無い」
「ワォ…。じゃあ君こそ不老不死だね。身体は衰えず何千年も生きる魔女。それが人間にもできれば完璧だ」
嬉しそうに雲雀は少し冷めた煎茶を飲んだ。世界に点在する七つの謎は、この魔女が全て解明してくれるかもしれない
いや、そもそもこの魔女の存在自体が“謎”なのだ。“魔女”というまるで御伽噺のような、非現実的な存在
「……期待を裏切って悪いが、わたしは不老不死ではないよ」
機嫌良さげに始めてパリ・ブレストにフォークを突き刺した雲雀は、グロリアの言葉にピクッと身動いだ
今更何を、と訝し気にグロリアを見ると、右手はカウチの肘掛けに乗せ、左手は長い銀髪を玩んでいる
バンダナに三分の一を遮られたその表情は、どこか残念そうで、どこか哀しそうだった
そんなグロリアの表情を初めて見る雲雀は知らないが、最近グロリアはそんな表情を良くするのだ
忠実で従順なグロリアの下僕であり唯一の友人であるシャドウのみが知る、全てを掌握しているのに何もできない、自分の不甲斐無さを怨むような顔を
「−−不老不死など、わたしには不可能だ。わたしにできるのは良くて“不老長寿”、死なぬわけではないのだよ。
わたしの殺し方を知ってさえいれば、わたしを殺す事など赤子の手を捻るよりも容易い」
自嘲的に笑ったグロリアに流石の雲雀もそれ以上の追及はできなかった
正直に言ってしまえば、グロリアの殺し方というのも非常に興味深い。文字通り殺しても死ななそうなグロリアを殺す方法なんて、世界中のどんな文献にも載っていないだろう
心臓を引き摺り出すのだろうか、それとも銀の十字架を身体中に突き刺すのだろうか、はたまた身体中の血液を絞り取るのだろうか
様々な“殺し方”が一瞬にして雲雀の脳内を駆け巡るが、なんとなく、根拠は無いが全てを実行してもグロリアは生きている気がした
「…さて、引き止めて悪かったな。そろそろ帰らないと沢田綱吉が五月蝿いだろう」
「別に、綱吉の言う事なんて最初から気にしてないけど」
「実はおまえを止[トド]め置いたのは理由があってな。わたしの書物庫に以前連れて行っただろう。引っ越しを機に少し片付けようと思ってね、おまえが欲しいと思う書物をくれてやるぞ」
「ワォ、良いのかい?まだ読みたい本が山の様にあってね」
「好きなだけ持って行け。わたしは全て記憶しているから今更残しておく必要も無い」
嬉しそうに立ち上がった雲雀を先導し、グロリアは書物庫へ向かった
一応全ての文献を運び込んだが、もはやそれらが形としてグロリアの手元に残る必要は無いのだ
「それで、タダでってわけじゃないんだろ?僕に何をさせるつもり?」
「簡単な事だよ、沢田綱吉に1つ言付けて欲しい」
少しカビ臭い書物庫の中はいつでもひんやりとした空気が漂っている。グロリアはそんな空気があまり好きではなかったのだが、雲雀は何も気にせず足を踏み入れた
「明日は自分でケーキを届けに来い、と。それだけで良い」
「なんだい、それ。明日は骸が届けに来る予定だけど」
「二人で来ても構わん。何ならおまえも来ても良いぞ、雲雀恭弥。用があるなら自分の口で、顔を見せて伝えるのが礼儀だろう?」
バンダナに隠されたグロリアの赤と青の瞳は、全てを見透かす能力を持っている
その“全て”がどこからどこまでなのかこの頃の雲雀は知らなかったが、ただ漠然と過去から未来までだと思っていた
もしその限界が予想以上に近く早く訪れるものだと知っていたならば、この時雲雀は何と答えていただろう
「良いよ。何かケーキのリクエストは?本のお礼に獄寺隼人にも言付けてあげるよ」
「…そうか、明日はチョコレートを使ったケーキが食いたいな」
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