孤独な月を 神は笑った
UNO
新居となった城は既にグロリアの住み易いように色々と改装されていた。部屋を仕切る壁が取り壊されたり、本来無かったはずの窓が付け足されたり
グロリアの自室は以前使っていた調度品を全て持ち込んだのか、部屋の広さが大きくなっただけで雰囲気はあまり変わっていなかった
グロリアお気に入りのカウチソファに掛ける人影が2つ。1つは純白に黒真珠があしらわれたドレスを着たグロリアで、もう1つは、
「久しいな、桂。元気だったか?」
「うむ。そなたも息災で何よりだ」
「娘はどうだ。そろそろ小学生だろう」
「そなたに願ってもらった通り、病気1つせずに健やかに育っておる。その節は世話になった」
「構わん、わたしの願いも訊いてもらったからな」
グロリアに対面するソファに座る男の名は桂仁志[カツラヒトシ]。先日グロリアが山本によろしく、と言っていたあの桂だ
「いやしかし、あのボンゴレの雨の守護者を遣いに寄越すとは思ってもみなかったぞ」
「丁度日本に行くと言っていたからな、言付けたのだよ。おまえ、わたしに会いに来るのを忘れていただろう?」
「仕事が少々忙しくてな、すまなかった」
「いや、順調のようで良かったよ」
律儀に頭を下げる桂を軽く制し、グロリアは目の前のティーカップに口を付けた
ベルガモットの香るアールグレイ。桂には抹茶入りの緑茶を出してある
「して、いつの間にボンゴレと知り合ったのだ?俺が前回会った時にはまだ交流は無かっただろう」
「…ボンゴレ十代目とはつい先日からだよ。部下とは数ヶ月前から関わりはあったがな。ここら一帯も城もボンゴレの所有物[モノ]だ」
「……何だと?」
「時間が無くてね、あいつらを頼らざるを得なかったんだよ。そう怖い顔をするな」
「何故俺に言わなかった。城の1つや2つ用意できたぞ」
「おまえはわたしの元に来なかっただろう?こちらから連絡は取れない、わたしにどうしろと言うんだ」
途端に険しい表情になった桂に弱く微笑み、グロリアは再びティーカップを持ち上げた。が、気付かぬ内に空になっていたらしく、傍らのベルでシャドウを呼ぶ
「ボンゴレの周辺は近頃俄[ニワカ]に騒がしくなっていると聞く。何が起きているのかは分からんがまた利用されかねんぞ」
「おまえに心配されずとも、その時は利用し返してやるさ。わたしの方が数段上手だろう?」
すぐさまやって来たシャドウに、グロリアは紅茶と緑茶のお代わりを注文する
「…“シャドウ”は“ウサギ”だったと記憶していたのだがな」
「先日“ツキノワグマ”に生まれ変わったのだよ。とても良い剥製が手に入ってね」
ふと、遠くから小さくエンジン音が近付いているのを耳にし、グロリアはシャドウにも桂にも分からないように自嘲した
・・
こうなる事は前から決まっていた。当然知っていたし、覚悟もできている
しかしいざそれが近付くと、何故か心が臆しているのだ
「…ボンゴレか」
「みたいだな。会って行くか?なかなか面白い連中だぞ」
「笑えない冗談だな。俺は連中に追われる身だぞ」
最後にシャドウが新しく淹れた緑茶を綺麗に飲み干し、桂は席を立った
「帰るのか?」
「うむ。また近い内に来よう」
1度シャドウの頭を軽く撫でてから出口へと向かう桂の背中を見つめる。恐らくもう二度と会い見[マミ]える事は叶わない、数少ない知人の背中を
「……桂、おまえは今幸せか?」
何故かそんな言葉が飛び出し、知らず知らずの内にそう問うていた。荒れ暮れていたあの頃と違い、愛する者と結ばれ、子供まで産まれて、幸せかと
「……俺はそなたに救われた。それで幸せになれなかったら、恩を仇で返すようなものだろう」
リーンとエントランスの呼鈴が鳴る。余韻が消える前に姿を消した桂が先程まで居た空間を見つめ、グロリアは笑った
酷く哀しそうな、今にも泣き出しそうな笑顔で
リーン。2回目の呼鈴を苛々と鳴らし、雲雀は更に追い討ちを掛けるように硬い木扉をノックした
雲雀の片手には獄寺の焼いたケーキが下げられている。ツナの命令で獄寺はこうして毎日グロリアの為にケーキを焼いているのだ
雲雀としてはグロリアのご機嫌取りをしているようで面白くないのだが、ボンゴレボスの意向に背くわけにもいかずこうして届けている
ツナにグロリアの世話係に任命されてしまった雲雀と骸は、最低1日1回グロリアの元を訪れている。獄寺のケーキはその手土産なのだ
「−−何度も鳴らさなくとも聞こえてるよ。短気な男はモテないぞ、雲雀恭弥」
「だったら1回で出て来なよ。僕は君と違って忙しいんだから」
ようやく顔を出したグロリアに適当にケーキを押し付ける。取り敢えず毎日グロリアに会い、様子を伺う為だけにこうして出向いているのだ
「ほう、今日はパリ・ブレストか。なかなか面白いな」
「中身なんて知らないけど。じゃあ、僕はもう帰るよ。最近は色々忙しくてね」
最低限の要件は済んだのだから、と雲雀はグロリアに背を向ける。近頃敵ファミリーの動向が読めず警戒しているのだ
「…雲雀恭弥。今日は上がって行け、茶ぐらい出すぞ」
いつもは雲雀達を引き止めないグロリアが、珍しく待ったを掛けた
「だから、僕は…」
「今はどんなに騒いだ所で何も掴めんぞ。慌てるくらいならゆっくり周りを見渡す余裕くらい持つんだな」
まるで全てお見通しだと言わんばかりのグロリアの言葉に、雲雀は何も言い返せずその背中を追い掛けた
†Next†
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