[携帯モード] [URL送信]

孤独な月を 神は笑った
OTTO



「忘却とは、おまえ達人間が持つ最も聡明で、最も醜悪な能力だ。しかしわたしはそれが羨ましいと思うよ。嫌な事や都合の悪い事は全て忘れてしまえば良い。…幸せだった、最高の記憶と共にな」



するりと、グロリアの温かな体温が骸から離れた。そのまま硝子の柩まで歩みを寄せる


壁も天井も石でできた地下には、グロリアのヒールが奏でる音がやけに大きく木霊し響いた



「…僕は、貴女と何を約束したんですか?僕は本当に、貴女を愛して……」


「わたしが永遠を誓ったのはおまえではない、ユリアンだ。魂が同じなだけで、おまえはユリアンではない。ただの生まれ変わりだろう。

“六道骸”が“ユリアン・J・セクメト”の責まで負う必要は無い。…記憶も約束も絶望も、全てわたしが担う。今日の事は忘れろ」



バンダナに遮られた視線を柩で眠る白骨へと落とすグロリアの表情には、暗闇でもはっきり見て取れる程の憂いが浮かんでいた


白く細い肩はいつもと違い酷く頼り無い。骸は、グロリアが確かにこの『ユリアン・J・セクメト』という男を愛していた事を悟った



「今回はシャドウが勝手におまえを城に招いた。わたしを想ってしてくれた事だが、“わたし達”の私情に巻き込んですまなかったな。シャドウに代わってわたしから詫びよう」



そう言って微かに微笑んだグロリアは、先程の哀愁を帯びた顔など感じさせないように綺麗な顔をして取り繕っていた


傍らでそれを見つめる骸の瞳には、それが余計に酷く痛々しいものに見えた



「…待って下さい。勝手に前世を暴いたくせに、無かった事にしろと言うのは虫が良すぎるのでは?僕が納得できるように、説明して下さい」



骸は逃げられないように、とグロリアの細い腕を掴み、若干高い位置から彼女を見下ろした


バンダナでグロリアの瞳を見る事は叶わない。しかし、グロリアからは自分の色違いの瞳が確かに見えているのだろう、と骸は根拠も無くそう思った



「…何を言った所で、おまえは納得などしないよ」


「そんなの、聞いてみなければ…」

 ・
「昔のおまえもそうだった。わたしと共に檻の中で永遠を居きると誓った時も、二人で棘[イバラ]に埋もれ笑い合った日も、互いを高め合い依存していたあの頃も、…おまえがわたしを置いて、独り旅立ってしまったあの時も、おまえはいつでも未来の可能性を信じていた。

見たくなくとも視えてしまう忌まわしい能力のせいで、もう明日を夢見て生きる事など忘れたのだ」



冷ややかに、しかしどこか苦し気に告げられるグロリアと骸の過去。骸はそれがどんなものであったのか分からない。しかしグロリアにとってそれは、何よりも護るべきものだったのだろう



腕を掴む手はほとんど力を入れていないのに、振りほどけば簡単に解けるようなものなのに、何故かグロリアはそうしようとはしない



「…始めは、少しばかり期待もしていたよ。おまえなら覚えていてくれるのではないか、と。おまえがわたしを忘れるはずが無い、と。最期の瞬間確かにおまえはわたしと“約束”したのだ、と。


それでもおまえが六道輪廻を廻り再びこの世に生を受けるまでの年月は、あまりにも長くあまりにも冷たかった。

今更責めるつもりは無いよ。おまえはわたしと違い“人間”だった。死が訪れるのは自然の摂理だし、それに逆らおうとしたわたしが愚かだったのだ。その為の報いはもう十分に受けた。


…わたしもおまえを忘れたい。おまえがわたしを忘れたように、な」



掴んでいた指を1本1本優しく解かれ、骸はその場に呆然と佇んだ


グロリアの言葉からひしひしと伝わる“想い”と“絶望”。骸の前世であるユリアンが死んでから、生まれ変わりである骸が再び現れるまでの長い年月を独りで苦しんだのだろう



…前世の自分とグロリアが何故そんな関係になったのかは分からないし、骸には全くと言って良い程関係無いのだが、それでも



「…グロリア、僕は……僕に、何ができますか…?僕は、貴女を救いたい」





グロリアの背後で、小さな影が動くのが骸の視界の中に入った


グロリアの死角に居て、彼女に気付かれないように、そっと二人の様子を伺っている



「…おまえはあの日、自ら死を望んだのだ。わたしの元を離れ、わたしと決別する事を。おまえはわたしとの約束を破った。今更それを追及する気は毛頭無いが、…今更、おまえにわたしを救えるなどと自惚れた考えは捨てる事だ。

今日はもう帰れ。…わたしは疲れた」



徐に骸の腕を解き身を翻したグロリアは、予想外の出来事に姿を隠しきれなかったシャドウに優雅に微笑み掛けた



「今のわたしにはシャドウが居る。おまえが居ない間わたしの闇を照らしてくれていたのはシャドウだけだ。…おまえなどもう要らぬ」



カツッ、と歩み始めたグロリアに骸は何も言えずに立ち尽くした。明らかな拒絶。それを強引に押し退けられるほど、今の骸は強くなかった





「…近い内に、もう1度世話になると沢田綱吉に伝えておけ」



シャドウの背を押して柱の影にグロリアが消えた瞬間、骸は元居た自室へと戻っていた




†Before†

9/9ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!