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孤独な月を 神は笑った
SETTE



ピシッと、指輪の赤い石に小さな亀裂が走った。まるで水圧に耐えられずひび割れてしまったかのように、唐突に


しかし骸はその小さな小さな音に気付けない程に驚愕していた。シャドウに告げられた事が、理解できない



「僕が、グロリアを愛していた?この僕が、あのグロリアを…?寝言は寝て言いなさい。僕は誰も愛してなどいませんよ」

    ・
「それは今の六道様の話でしょう。貴方は主と共に永久を生きる事を誓ったはずです。主も貴方を愛していた、それなのに…。

…貴方は主を独り遺して逝ってしまわれた。主の哀しみがどれほどのものだったか解りますか、主がどれほど嘆いたかご存知ですか。


数百年の時を経てやっと主の元に現れた貴方は…、貴方は、主を忘れていた。その時の主の絶望は、言葉に現せるようなものではありません」




責めるようなシャドウの言葉に、骸は何も言えない。シャドウの話では、まるで、前世で骸とグロリアが恋人だったかのようだ



チリン、と遠くで小さなベルの音がした。はっとしたように身動いだシャドウは、背中を正し骸に一礼する



「…すみません、少し余計な事を喋りすぎました。どうか忘れて下さい。主は“貴方”にもう何の期待もしていないのです」


「僕は、」


「六道様はここに居て下さい。私は主と違い大きなモーションを起こさずに力を使えないのです。後からまた貴方をお送りします。しばらくお待ち下さい」



そう言い残しシャドウはどこかへ小走りで去ってしまう。手元にあるガトー・ショコラの存在を思い出し、骸はしまったと言わんばかりに顔をしかめた


今シャドウに渡してしまえば楽だったのに、と仕方が無いので燭台の置かれた窪みの1つにケーキを置いた



1人残された骸は特にする事も無いのでもう1度地下室を見渡した。別段変わった所は見られない、ごく在り来たりな地下室だ


太く白い柱には所々薔薇の蔦が絡み付いていて、赤く小さな蕾がいくつも膨らんでいる


足元の魔方陣は、つい先程刻み付けたかのように輪郭がはっきり浮かび、暗闇でも霞む事無くその全貌を明確に捉える事ができた



しゃがみ込んだ骸は、その深くついた引っ掻き傷にそっと指を這わせた



あの森で見た魔方陣は街を、人々の“命”を築き上げる為のものだった。ならばこの大きな魔方陣は一体何の為の魔方陣なのだろう


城を維持する為のものならここまで大きくなくても良いはずだ。骸は指の腹で撫でていた傷に爪を立てようとして、…やめた


以前雲雀が魔方陣を壊そうと口にした時、グロリアは分かり易い程にそれをとめたのだ


魔方陣を1つでも壊せば街が壊れる、と言ったいた。ならばこの魔方陣ももしかしたら今尚効力を発揮している途中なのかもしれない



不用意に傷を付けてしまい取り返しのつかない事態に陥ってしまったら困る。再び立ち上がった骸はふと誰かに呼ばれた気がして視線を暗闇へと投げた



「…誰ですか」



城に居るのはグロリアとシャドウだけだと思っていた骸は、その正体の分からない声にわずかに警戒した


右目の六道輪廻の能力が確かに働く事を確認し、そして右手には取り出した三叉槍を持ちゆっくり声のした方へと歩み寄る


地下にしては若干広い室内に、蝋燭の灯りがついていない一角。姿無き声はそこから聞こえた


三叉槍を構えてそこへ近付くと、



「……柩…?」



真っ白な薔薇に埋もれて人が眠る、硝子張りの棺桶があった。予想外ではあるが、死者は自分に害を成さないだろうと骸は警戒を解く


純白の薔薇は今しがた摘まれたかのようにみずみずしく一点の曇りも無い。しかし、両手を腹の上で交差させ横たわるのそ亡骸は、既に白骨化していた



「…ユリ…、字が掠れて読めませんね」



柩の上部に金字で彫られていたであろう死者の名前は、それほど長い月日に晒されていたのだろう。既に風化しほとんど読めなくなってしまっていた



しかしあのグロリアが、わざわざ城の地下に匿ような相手だ。きっとこの骨の持ち主はグロリアにとって大切な存在だったに違い無い


なんとか名前だけでも読めないだろうか、とそちらに集中していた骸は、背後に忍び寄る影に気付かなかった





「……ユリアン・J・セクメト。おまえの前世の名だよ」



広い地下に凛として響き渡るその声に、骸は肩を揺らして驚いた


ばっと勢い良く振り向いた骸の目の前には、予想通りグロリアの姿がある。気配に全く気付けなかった骸はいつの間に、と目を丸くした



「…前世、ですか」


「ああ。かいつまんだ話はシャドウに聞いただろう。大体はそんな所だ」


「…良く分からないのですが、もう少し分かり易く説明してもらえますか?」



シャドウの言っていた事も、グロリアの言っている事も、全く何も理解できない



自分の前世がこの白骨化死体で、グロリアと恋人だった?愛し合っていたのに、グロリア独りを遺して先立ってしまった…?そう言われても、簡単に信じられるような話ではなかった



「…思い出さなくて良い。おまえは忘れたかったのだろう?」



グロリアの細い指が、骸の頬に絡む。いつもなら振りほどくその視線に、何故か骸は縛られたように動けなかった




†Before††Next†

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