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孤独な月を 神は笑った
SEI




大切な事を忘れている気がした。そう、何かとても重大な事実を



自室でシャワーを浴びた骸はラフな格好に着替え広いベッドに寝転んでみたのだが、一向に睡魔が訪れる様子が無い


仰向けに寝転がり真っ白な天井を見つめる。何もする事が無いと余計な事を考えてしまうのは仕方無いだろう



グロリアは何故唐突に、城を出てボンゴレの屋敷に来たのだろう。何かきっと理由があるはずだ、と骸は考えあぐねた


しかしそれが分からない。グロリアが考えてる事も、したい事も、何も


あれだけ頑なに城から出る事を拒んでいたのに、こうもあっさり意味もなく現れたりするなんて。…いや、意味があるのかもしれない



「…おい、骸。居るか」



ドアを軽くノックされ、骸は身を起こした。ドアの向こうに居るのは獄寺だろう、微かにチョコレートの甘い香りもする



「言われてたガトー・ショコラが焼けたぞ。魔女はどうした」


「…獄寺隼人ですか。グロリアならもう帰りましたよ」


「はぁ!?わざわざ俺が仕事の合間を縫って…」


「どんなに忙しくても、君は綱吉の命令が最優先でしょう」



ドアを開けた骸は獄寺を見て露骨に嫌そうな顔をした。今は彼女の事を思い出したくない、関わりたくなかった



「…もう彼女もそんなもの必要としていないでしょう。処分して下さい」


「ふざけてんじゃねぇよ、おめーが渡しとけ」



どんっと押し付けられたそれはまだ温もりが残っていて、獄寺はそのまま去って行ってしまう



「待ちなさい、獄寺隼人…!!」


「十代目が魔女の為にって仰ったんだ。絶対渡せよ」



ひらひらと手を振った獄寺は廊下の曲がり角を曲がって見えなくなってしまった


骸は自分の手に残ったケーキを見つめ、ただ困惑した。グロリアはもうボンゴレ邸には居ない。どう渡せと言うのだろう



キラッと、骸の右の薬指で赤い石のついた指輪が煌めいた。骸が敢えてそこに付けているのは特に深い意味は無く、ただそこしか指輪が上手く入らなかっただけだ



「…グロリア・ウィンスレット……」



ぽつりと、呼んだ事の無い彼女の本名を口にしてみた。特に理由は無い、なんとなく呼んでみたくなっただけだ


なのに、



「…お久し振りです、六道様」



以前のように赤い光に包まれたわけでもなく、骸は唐突に場所を移動していた。しかも目の前にはグロリアではなく何故かシャドウが居る


骸がグロリアの名を呼んだからだろうか。状況についていけずに骸は周囲を見渡した



「…ここは、」


「城の地下になります。私が魔力を使えるのはここだけなので」



ふと足元に視線を落とすと、石張りになった床に深く細く刻まれた魔方陣が書かれていた。少し前に森の中で見た物とは違い、もっと複雑で奇怪な物が



「…君も、何か特別な力が?」


「私は主の能力のほんの一部を譲渡されているだけにすぎません。そして主の魔力がより高まる魔方陣のあるこの地下でのみ、私は力を奮う事ができるのです」



壁に掛けられた燭台の上で橙色の焔が揺らめく。それに伴って揺れる骸とシャドウの影は、溶けるように重なり合っていた



「僕を呼んだのは、君ですか…?」



かなりの広さがあるように見受けられるこの地下に、グロリアの姿は無い。人を勝手に移動させられるのはグロリアだけだと思い込んでいたが、どうやらシャドウも彼女と同じ能力を使えるようだ



しかし仮にそうだとして、シャドウが自分を呼び寄せる理由が分からなかった。シャドウは短期間しか付き合いが無くても分かる程にグロリア至上主義で、彼女の為に生きているのだ



そのシャドウが、グロリアの許可も無くこんな勝手な事をするとは思えなかった。何故自分が呼ばれたのかが、骸には分からない



「…どうしても、お伺いしたい事があるのです。主は沢田様の元へ行かれた為に酷くお疲れになり、今は部屋でお休みになっています」


「なるほど、鬼の居ぬ間になんとやら、ですか。それで、僕に聞きたい事とは?」



シャドウの雰囲気が、今までと違う事に骸は気付いた。柔和なシャドウしか見て来なかったが、どこか仄暗い空気を漂わせているのだ


地下という場所柄だろうか。シャドウの表情が、良く見えない



「…何故、忘れてしまわれたのですか」


「…何をです?」



唐突にそう責められても、骸には何の事か分からなかった。しかしシャドウは険しい顔をしたままで、骸から視線を逸らさない



「何故、覚えていて下さらなかったのです。何故、忘れる事ができたのです。あれだけ約束したのに、あの時誓ったのに」









貴方は、主を愛していたのではないのですか。シャドウのそんな言葉は、骸の耳から入っては抜けて行った










−−何かを、忘れている気がした。それが“何か”は分からない



ただそれがとても大切な事で、忘れてはならない事だった、という事しか




†Before††Next†

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あきゅろす。
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