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孤独な月を 神は笑った
CINQUE



「…っていうか骸さん、やっぱりオレこのままれすか…?」



依然動く気配を見せない両足に、犬の涙が振り返す。グロリアの機嫌を悪くして彼女が消えてしまったのだから、もしかしたら本当にこのままかも知れない



「…骸様、綱吉に知らせますか」



千種も打開策を見付けられず困惑している。骸の顔色を伺う千種は、なるべくならツナにばれずに解決しようとしているのだろう


なぜならツナに知られてしまえば必ず事が肥大化するからだ。そうなったら面倒臭い事この上無い



「いえ、…しばらくしたら勝手に離れるかもしれませんし、少し様子を見ましょう」



五月蝿い犬には良い薬です、そう言って骸は己れのデスクに着き書類を手に取った


その様子があまりにいつもと変わらな過ぎて、犬も千種も顔を見合せて押し黙ってしまう


今まで1度も任務を失敗させた事の無い骸が、グロリアを取り逃がそうとしているのだ。それなのに何故骸は全く慌てないのだろう



「…すみません。いつもならグロリアの戯れ言など聞き流すんですが……」



自分より沸点の低い雲雀が居らず、代わりに彼女に反抗する存在が無いからだろうか


以前ならば軽く流せたグロリアの身勝手さが、何故か今は酷く苛つく



「骸さん、体調でも悪いんれすか?」


「いえ。一晩徹夜した事を除けば調子は悪くありません」


「…ならきっと、疲れが出て来たんですよ。今日はもう仕事は止めて休んで下さい」


「違うんですよ、千種。何か…」



そう、違うのだ。疲れているわけでも眠いわけでも、ましてや機嫌が悪いわけでもない

      ・・・
ただ漠然と、そんな気がするだけで。確証は、無い



「…何か、忘れている気がするんです。何か、とても大切な事を」


「何か、って」


「それが思い出せないんですよ、犬。

…千種の言う通り疲れているのかもしれません。後は頼みましたよ」



額に手を当て執務室を出て行く骸は、恐らく自室に戻るのだろう。残っている仕事はそれほど難しくはないので自分でもできる


しかし、



「柿ピー柿ピー、オレは!?オレどーなんの!?」



きゃんきゃんと吠える仲間の救出法を、千種は知らなかった
























カウチに座して寝ていたグロリアの瞼がゆるゆると持ち上がるのを見て、正面でドレスにアイロンを掛けていたシャドウはほっと息を吐いた


もしかしたらもう城には帰って来ないのでは、と一瞬でも危惧してしまったのは、たった1人の仲間であり命よりも大切な主が本人でも気付かぬうちに彼らを受け入れてしまっている事に気付いたからだ



シャドウはここから出る事は叶わない。もしグロリアが城を捨てたら、即ちそれは自分が棄てられたのと同義なのだ


そして、永遠とも呼べる程の長大な時間を孤独に生きる事が決められる事でもある


今はグロリアが居るから良い。仕事も与えてくれるし話し相手にもなってくれるし、自分の存在を認めてくれている


独りで過ごす夜だって、朝日と共にグロリアが自分を抱き締めてくれるから耐えられるのだ



そんな今の生活から、グロリアが欠落したら。失うのはグロリアだけではない。“全て”をシャドウは失ってしまう





「…おはよう御座います、グロリア様。御加減は如何ですか?」



しかしシャドウはそんな自分の不安を口に出したりはしない。誰よりも優しい主はこんなくだらない事でも真剣に受け止め、そしてきっと、世界との関わりを断ってしまうから



「…ああ、おはよう。やはりこの術は疲れるよ、暇潰しにはなったがな。ファジーネーブルを作ってくれるか?」


「はい、いつものようにピーチツリー・シュナップスを多目ですか?」


「頼むよ」



通常よりも低めに作られた備え付けのキッチンの影に入り、シャドウはオレンジジュースを手に取る



「沢田綱吉は如何でしたか?」


「なかなか根性は据わった男だったよ。しかしやはりまだ二十歳というのは幼すぎる。ボンゴレの名を背負うのは少し早かったな」


「そうですか…。ジョット様は、」


「良く似ていた。しかし似ているだけだ、魂が同じであっても沢田綱吉はジョットではない」

 ・
「彼は…」


「始めから期待していたわけではない、予想通りの展開だよ。仕方の無い事さ。ヒトは忘却のイキモノだ、わたし達のように全てを覚えているなんて不可能さ」





オレンジ色に輝くカクテルグラスを受け取ったグロリアは、添えられたチェリーを口に含んだ


シャドウが作るカクテルの飾りに種は入っていない。グロリアの性格を熟知しているシャドウだからできる気遣いだ



「…何か、言いたそうだな」



カウチの肘掛けから腕を伸ばしたグロリアは、傍らで自分をじっと見つめていたシャドウの頬に触れた

           ・・・
上質のラビットファーで作ったシャドウの皮膚は滑らかで気持ち良い。小さな後頭部に腕を回し小さな体を抱き寄せ、腕に力を込める




「シャドウはいつでもわたしに遠慮しているな。自分のせいでわたしが城から出られないと思っているんだろうがそれは違う。わたしは自分の意思でこの場に止まっている。

…いつまでも罪に囚われないでくれ」




まるで催眠術のような揺らめきはシャドウの心で渦巻く


母親が子供に言い聞かせるような愛情が、恋人同士の赤い糸が絡んだ約束の如く聞こえるのは何故だろう




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あきゅろす。
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